blog

日本に量子コンピュータは存在する?開発する企業の事例

日本には、すでに動いている量子コンピュータがあります。理化学研究所と富士通などが開発した国産の超伝導機と、国内に設置された米IBMの機体の両方です。このページでは、日本の開発企業・研究機関・国の戦略に絞って、公式発表で確認できた事実を整理します。量子コンピュータそのものの仕組みは、量子コンピュータとはの総論記事で解説しています。事実は2026年10月30日までに各社・各機関の公式ページで確認した内容で、出典は文末にまとめています。

日本に量子コンピュータはある?開発している企業・機関の一覧

あります。日本で動いている量子コンピュータには、理研・富士通などの国産の超伝導機と、国内に設置された海外製(IBM)の機体があります。東芝とNECは、量子コンピュータそのものよりも、組合せ最適化を解く量子インスパイアード技術や量子アニーリング、素子の開発で成果を公表しています。主な取り組みは次の表のとおりです。

日本の主な量子コンピュータ開発の取り組み(公式発表で確認)
主体 取り組み 時期
理化学研究所・産業技術総合研究所・情報通信研究機構・大阪大学・富士通・NTT(共同研究グループ) 国産の超伝導量子コンピュータ初号機(64量子ビット)をクラウドで公開 2023年3月27日
理化学研究所・富士通 64量子ビット機を公開。256量子ビットの超伝導量子コンピュータを開発 2023年10月/2025年4月22日
大阪大学・理化学研究所ほか 主要部品・パーツ・ソフトウェアが全て日本製の「純国産」超伝導量子コンピュータが、大阪大学で稼働 2025年7月28日
分子科学研究所(日立製作所がソフトウェアスタックを担当) 日本初のフルスタック中性原子量子コンピュータ「春海」の稼働を発表。初期は約50量子ビット、その後約500量子ビットへ拡大する計画 2026年8月24日
NTT・OptQC 光量子コンピュータの実用化に向けた資本業務提携。2027年度までに1万量子ビット級、2030年度までに100万量子ビット級を目指す(目標) 2026年8月3日
東京大学・IBM IBM Quantum System One(川崎市)の稼働開始 2021年7月27日
理化学研究所・IBM IBM Quantum System Two「ibm_kobe」(神戸市)の運用開始 2025年6月24日
富士通 デジタルアニーラ(組合せ最適化を解く量子インスパイアード技術)のクラウドサービスを提供開始 2018年5月
東芝 最適化ソリューション「SQBM+」の提供開始。理研と共同で、超伝導量子コンピュータ用の素子「ダブルトランズモンカプラ」の性能を実験で実証 2022年3月2日/2024年11月22日
NEC 量子アニーリングマシンの基本ユニットの動作に成功。疑似量子アニーリングの「NEC Vector Annealing」を提供 2022年3月17日/2021年9月に提供発表

稼働しているものと、計画の区別:表の機体は、公開・運用が始まっているものです。一方、富士通と理研が目指す1,000量子ビットの機体は、2026年の構築・公開を目指す計画です(2025年4月22日の発表)。2026年10月30日時点で、公開されたという公式発表は確認できていません。また、富士通は2030年度に1万物理量子ビット超の超伝導量子コンピュータの構築を目指すとしています(目標)。

※特定銘柄の推奨ではありません。このページは各社・各機関の公式発表を整理したもので、投資の判断は扱いません。関連企業の最新情報は、各社の公式発表でご確認ください。

各社の方式がどんな仕組みで動いているのかは、量子コンピュータの実用化とできることで解説しています。

関連記事VOICEVOXの使い方は?インストール手順は?

日本の機体を読む前に:量子ビット・重ね合わせ・量子もつれ

量子コンピュータは、原子や電子など「量子」の性質を使って計算する装置です。計算の単位は量子ビットで、従来のビットが0か1のどちらかなのに対し、量子ビットは0と1の重ね合わせの状態をとれます(測定すると、0か1のどちらかが得られます)。複数の量子ビットを量子もつれで関連づけると、組み合わせの多い特定の計算で、従来のコンピュータより有利になると期待されています。ただし、すべての計算が速くなるわけではなく、現在の機体は誤りの多い発展途上の段階です。

量子コンピュータの仕組みの要点
古典ビット
0か1のどちらか一方の値をとります。
量子ビット
0と1の重ね合わせの状態をとれます。測定すると0か1が得られます。
量子もつれ
複数の量子ビットが強く関連づけられ、一体として振る舞います。
仕組みの要点(概念図)

機体は、計算の考え方(量子ゲート方式・量子アニーリング方式)と、量子ビットの作り方(超伝導・イオントラップ・中性原子・シリコン・光など)で分けられます。このページで紹介する日本の機体では、国産機の中心が超伝導、分子科学研究所の「春海」が中性原子、NTT・OptQCの取り組みが光です。仕組みや方式の詳しい説明は、総論記事の量子コンピュータとはにまとめています。

次に読む:量子コンピュータが実現するDXからQXとは?

量子コンピュータが実現するDXからQXの世界

日本企業の量子コンピュータ開発事例:富士通・東芝・NEC

ここからは、日本を代表する企業ごとの取り組みを、公式発表で確認できた事実だけで整理します。国産機の中心である理化学研究所は、次の節で取り上げます。

日本の主要企業・研究機関による量子コンピュータ開発の取り組み
富士通 × 理化学研究所
超伝導の量子ゲート方式。2023年10月に64量子ビット、2025年4月に256量子ビット。2026年に1,000量子ビットの構築・公開を目指す(計画)。

→
東芝
2019年4月にシミュレーテッド分岐アルゴリズムを発表。2022年3月にSQBM+を提供開始。2024年11月、理研と共同で2量子ビットゲートの忠実度99.90%を実験で達成。

→
NEC
1999年に超伝導量子ビットを開発。2022年3月に量子アニーリングマシンの基本ユニットの動作に成功。2024年11月にVector Annealing 4.0をリリース。

共通基盤:量子古典ハイブリッドコンピューティング
理研(神戸)では、「富岳」・IBMの量子コンピュータ「ibm_kobe」・GPU計算機「ROQUO」を連携させる量子HPC連携プラットフォームの運用が進んでいます。

富岳と量子古典ハイブリッドコンピューティング

富士通が理化学研究所と共同開発したスーパーコンピュータ「富岳」は、量子コンピュータそのものではありませんが、量子古典ハイブリッドコンピューティングの基盤として使われています。量子古典ハイブリッドとは、量子コンピュータと従来型コンピュータを、それぞれの得意な計算に合わせて組み合わせる方法です。現在の量子コンピュータは誤りが多く、単独で大きな計算をするには限界があるため、前処理や後処理を従来型のコンピュータが受け持ちます。

理研は、この連携を公式に実証し、設備も整えています。

  • 2024年5月10日:理研と大阪大学が、「富岳」から国産の量子コンピュータ「叡」を呼び出して計算する連携利用を実証しました。量子回路のクラスタリング用サンプルのうち25回路を量子コンピュータに任せ、リクエストの並列数を5にすると、並列化しない場合より約30%速くなったと報告しています。
  • 2025年6月24日:神戸の理研計算科学研究センターで、IBM Quantum System Two「ibm_kobe」の運用が始まりました。「富岳」と同じ建物にあり、Direct Access APIで接続されています。
  • 2026年6月19日:量子HPC連携プラットフォーム向けの計算機「ROQUO」の運用が始まりました。ibm_kobeと直接つながり、Quantinuum社のイオントラップ型量子コンピュータ「黎明」もSINET経由で接続されます。

富士通の量子コンピュータ戦略

富士通は理化学研究所と共同で、2021年4月に「理研RQC-富士通連携センター」を設立しました。2022年3月30日には、「富岳」の技術を活用した36量子ビットの量子シミュレータの開発に成功したと発表し、同年9月までに40量子ビットのシミュレータを開発する予定としました。同じ発表で、富士フイルムと計算化学の分野で量子アプリケーションの共同研究を2022年4月1日から2023年3月31日まで行うことも明らかにしています。

実機については、超伝導の量子ゲート方式を採用しています。2023年10月に64量子ビット機を公開し、2025年4月22日に256量子ビットの機体を開発したと発表しました。4量子ビットの単位セルを並べる3次元接続構造で、同じ希釈冷凍機のまま実装密度を64量子ビット機の4倍にしたと説明しています。外部ユーザーに提供されている超伝導量子コンピュータとして「世界最大級」(2025年4月時点、富士通調べ)とされ、「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」を通じて、2025年度第一四半期中に企業や研究機関へ提供を始める予定と発表しました。さらに、2026年に1,000量子ビットのコンピュータを構築・公開することを目指し、神奈川県川崎市の「Fujitsu Technology Park」に建設する量子棟に設置する予定としています(これは計画です)。

量子の原理から着想を得た「デジタルアニーラ」は、組合せ最適化問題に特化した技術で、量子コンピュータそのものではありません。2018年5月に1,024ビット規模のクラウドサービスを始め、同年12月には8,192ビット規模に拡張しました。2022年10月21日には、トヨタシステムズと富士通が、トヨタ自動車の堤工場で「自動車の生産順序」の最適化にデジタルアニーラを使った新しい車両生産指示システムの稼働を始めたと発表しています。自動車の生産業務への適用は国内初とされています。

東芝の量子インスパイアード技術と超伝導素子

東芝は2019年4月に、量子コンピュータの研究の過程で見つかった組合せ最適化のアルゴリズム「シミュレーテッド分岐アルゴリズム(SBアルゴリズム)」を発表しました。これを核にした量子インスパイアード最適化ソリューション「SQBM+」は、2022年3月2日に提供が始まりました(発表時点ではAWS Marketplaceでの提供)。短時間で良い解を探す「bSB」と、より高精度な解を目指す「dSB」の2種類のアルゴリズムを備え、自動で使い分ける機能が実装されています。発表時点では、Azure Quantumでのクラウド提供やオンプレミス版も予定として示されていました。

ハードウェアでは、超伝導量子コンピュータで量子ビット同士をつなぐ可変結合器の新構造「ダブルトランズモンカプラ」を提案しています。2022年9月16日の発表では、2量子ビットゲートを24ナノ秒、99.99%の精度で実行できると示しましたが、これはデコヒーレンスがない場合の数値シミュレーションの結果で、実機での検証はこれからという段階でした。その後、東芝と理化学研究所の共同研究グループがこの素子を実験で実現し、2量子ビットゲートの忠実度99.90%を達成したと2024年11月22日に発表しています(こちらは実験値で、シミュレーション値とは別の数字です)。

NECの量子コンピュータ開発

NECは1999年にゲート型の量子コンピュータに用いる超伝導量子ビットを開発し、その技術を応用して、組合せ最適化問題を解く量子アニーリングマシンの研究開発を続けています。2022年3月17日には、超伝導パラメトロンを用いて、多ビット化が容易なLHZ方式の基本ユニットを開発し、小規模ながら組合せ最適化問題を量子アニーリングで解くことに世界で初めて成功したと発表しました。この開発はNEDOの委託事業で、発表時点では2023年までの量子アニーリングマシンの実現を目指していました。

サービス面では、「NEC Vector Annealing サービス」があります。ベクトル型スーパーコンピュータ「SX-Aurora TSUBASA」上で独自のアルゴリズムを動かす疑似量子アニーリングのサービスで、2021年9月に提供を発表しました。2022年8月29日の発表では、月額25万円からのスタンダードプラン、月額125万円からのプロフェッショナルプラン(いずれもクラウド型、2022年11月1日提供開始)と、200万円からのオンプレミス型ソフトウェアライセンス(同年9月1日提供開始、SX-Aurora TSUBASAのハードウェアは含まない)を示し、従来サービスと比べて求解性能を最大30倍に高めたと説明しています。2024年11月29日にはVector Annealing サービス4.0をリリースしました。なお、専用ハードウェア環境(SX-Aurora TSUBASA)ベースのクラウドサービスは、2025年3月末で提供を終了したと公式ページに書かれています。

実際の業務での使われ方も公表されています。NECは2020年3月、グループ会社NECプラットフォームズの工場に、シミュレーテッド・アニーリングマシンを使った生産計画立案のシステム(表面実装の工程)を導入すると発表しました。また、SMBCグループ・日本総研とは、量子アニーリングの業務活用に向けた共同研究(機械学習の精度向上とストレステスト業務の効率化)を行い、2021年3月に成果を発表しています。

量子アニーリングによる組合せ最適化のイメージ(複雑なネットワーク構造の中から最適解を探索する)
量子アニーリングによる組合せ最適化のイメージ(複雑なネットワーク構造の中から最適解を探索する)

国産量子コンピュータの最前線:理研・大阪大学・分子研・NTT

国産の量子コンピュータの中心にいるのが理化学研究所です。2023年3月24日の発表によると、理研・産業技術総合研究所・情報通信研究機構・大阪大学・富士通・NTTの共同研究グループは、2023年3月27日に国産の超伝導量子コンピュータ初号機(64量子ビット)をクラウドで公開しました。4量子ビットの基本ユニット16個で構成される2次元の集積回路で、利用は量子計算などの研究開発を目的とした非商用に限られ、当面は理研との共同研究契約を通じて手続きをします。愛称は、2023年10月5日に「叡(えい)」に決まりました。

国産の超伝導量子コンピュータ(公式発表で確認できた数値)
機体 量子ビット数 時期 主な内容
初号機「叡」 64 2023年3月27日にクラウド公開 理研・産総研・NICT・大阪大学・富士通・NTTの共同研究グループ。非商用の研究開発向け
理研・富士通の機体 64 2023年10月に公開 「理研RQC-富士通連携センター」で開発
理研・富士通の機体 256 2025年4月22日に開発を発表 2025年度第一四半期中に企業・研究機関への提供を開始する予定と発表
計画 1,000 2026年に構築・公開を目指す 富士通の発表した計画。2026年10月30日時点で公開の発表は確認できていません

「国産量子チップ」という言葉で調べる方は、この初号機のチップ(4量子ビットの基本ユニット16個の2次元集積回路)を指していることが多いと考えられます。理研は、公開にあたって今後の目標も示しています。100量子ビット、1,000量子ビットといった節目の達成、100万量子ビット級の集積化技術の開発、エラー訂正と誤り耐性のある量子計算の探求などです。2023年12月には、大阪大学に設置された国産3号機のクラウドサービスも始まりました(富士通の発表)。

全て日本製の「純国産」機(大阪大学)

理研と大阪大学などは、2025年7月28日に「純国産」の超伝導量子コンピュータの稼働を発表しました。公式発表では、主要部品・パーツやソフトウェアが全て日本製の超伝導量子コンピュータとされています。稼働場所は大阪大学の量子情報・量子生命研究センターで、大阪・関西万博の会場からクラウドで接続する体験も予定されていました。発表には、大阪大学・理研のほか、アルバック、キュエル、QunaSys、TISなどの企業が名を連ねています。

中性原子方式の「春海」(分子科学研究所・日立)

分子科学研究所は2026年8月24日に、日本初のフルスタックの中性原子量子コンピュータ「春海」が稼働したと発表しました。原子1個を量子ビットにし、光ピンセットで捕捉して計算する方式で、初期は約50量子ビット、その後約500量子ビットまで拡大する予定です。ソフトウェアスタックは日立製作所、量子処理ユニット(QPU)のスタックは米Infleqtion社が担当しています。

光量子方式(NTT・OptQC)

NTTとOptQCは2026年8月3日に、光量子コンピュータの実用化に向けた資本業務提携を結んだと発表しました。2030年度までに誤り耐性を備えた100万量子ビット級、2027年度までに実用的な1万量子ビット級の光量子コンピュータの実現を目指し、2028年度に実機検証を始めるとしています。これは目標であり、実現済みではありません。

AIの業務導入をご検討の方は、AI開発会社クリスタルメソッドの無料相談をご利用ください。

日本の量子コンピュータ戦略:国家レベルの取り組み

日本政府は2022年4月に「量子未来社会ビジョン」を打ち出し、2030年を目途に、量子技術の利用者を1,000万人にするという目標を掲げました。2022年4月15日の閣僚会見で、担当大臣は「かなり野心的な目標」と述べ、1,000万人の考え方を「大体人口の5%から10%」と説明しています(内閣府の会見要旨)。

ムーンショット型研究開発事業:目標6

内閣府のムーンショット型研究開発事業には、量子コンピュータを掲げる目標6があります。名称は「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」で、ターゲットは次の2つです(内閣府のページ)。

  • 2050年頃までに、大規模化を達成し、誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現する
  • 2030年までに、小規模又は部分的な誤り耐性を持つ量子コンピュータを実現する

目指す社会像として、創薬での新薬候補の発見の促進、新しい性能の材料の開発の加速、物流・交通の最適化などが挙げられています。中性原子の「春海」を開発した分子科学研究所の大森賢治教授のプロジェクトも、このムーンショット目標6の一つで、2030年度までに10,000物理量子ビットの実装を目標にしています(分子研の発表)。

NEDOなどの国の事業

国の事業としても、量子コンピュータの開発が進んでいます。次の3件は、いずれも公式発表に事業名が書かれています。

  • 富士通:産業技術総合研究所・理化学研究所との共同研究として、NEDOの公募に採択され、1万物理量子ビット超の超伝導量子コンピュータの研究開発を2025年8月に始めました。構築の目標は2030年度、事業期間は2027年度までとされています(富士通の発表)。
  • 理化学研究所:IBM Quantum System Two「ibm_kobe」の設置は、NEDOの「ポスト5G情報通信システム基盤強化開発事業/計算可能領域の開拓のための量子・スパコン連携プラットフォームの研究開発」の一環です(理研の発表)。
  • NEC:超伝導パラメトロンを用いた量子アニーリングマシンの開発は、NEDOの委託事業として進められています(2022年3月17日の発表)。

日本とIBMの量子コンピュータ連携

海外勢の中で、日本との関わりが特に深いのが米IBMです。国内には、IBMの量子コンピュータが次の2か所で稼働しています。

日本国内で稼働しているIBMの量子コンピュータ
時期 設置先 内容
2021年7月27日 川崎市の「新川崎・創造のもり かわさき新産業創造センター(KBIC)」 日本初のゲート型商用量子コンピュータ「IBM Quantum System One」の稼働開始。東京大学が占有使用権を持ち、東京大学が設立した「量子イノベーションイニシアティブ協議会」のメンバーが利用
2023年10月1日に稼働 東京大学 127量子ビットのEagleプロセッサーを搭載したIBM Quantum System Oneの導入完了(2023年11月27日の発表)
2025年6月24日 理化学研究所 計算科学研究センター(神戸市) IBM Quantum System Two「ibm_kobe」の運用開始。IBM Heron(156量子ビット)を搭載し、「富岳」と同じ建物で、Direct Access APIにより接続

国産機の開発と並行して、IBMの機体を使った研究や実証も進んでいます。IBMのプロセッサーの世代ごとの量子ビット数や、2029年の誤り耐性量子コンピュータの目標といった世界のロードマップは、総論記事の「量子コンピュータの現在地と課題」にまとめています。

日本の量子コンピュータ活用分野と今後の展望

現時点の量子コンピュータはノイズの多い発展途上の段階で、実際の業務に使われているのは、量子インスパイアード技術や量子アニーリングなど、組合せ最適化を解く技術が中心です。用途は分野ごとに「何の計算に効くか」が違います。次の表は、内閣府のムーンショット目標6が示す期待(内閣府のページ)と、日本の取り組み例(公式発表で確認できたもの)を分野別に並べたものです。

量子コンピュータの用途:分野別
分野 何の計算に効くか 日本の取り組み例(公式発表)
化学・材料 分子や材料の性質を、高精度な量子化学計算で調べます。既存材料の性能を引き出し、新しい性能の材料の開発を早めることが期待されています。 富士通と富士フイルムが、計算化学の分野で量子アプリケーションの共同研究を実施(2022年4月〜2023年3月。富士通の発表)。
創薬 より大きな分子系のシミュレーションで、新薬候補の発見を促し、開発コストを抑えることが期待されています。 日本たばこ産業(JT)の医薬部門が、米D-Waveの量子アニーリングでAIモデルを学習させ、新しい「薬らしい」分子を生成する概念実証を実施(2025年3月31日のD-Waveの発表。成果は企業側の発表です)。
金融 短期の資産配分の最適化や、長期のリスク分析に使うことが期待されています。 SMBCグループ・日本総研・NECが、量子アニーリングの業務活用(機械学習の精度向上、ストレステスト業務の効率化)を共同研究し、2021年3月に成果を発表。
物流・倉庫 配送ルートや倉庫内の作業順など、選択肢が膨大になる組合せ最適化です(巡回セールスマン問題など)。 BIPROGYと大日本印刷が、量子アニーリングとAIを組み合わせた配送計画・倉庫内ピッキング計画のアプリを開発(NEDO事業、2025年4月から本格研究。2025年3月27日の発表)。DNP工場のデータを使ったシミュレーションで、総移動距離が約29%、総作業時間が約6.4%減ったと報告されています(シミュレーション結果)。
製造・生産計画 生産順序や生産計画の最適化です。 トヨタ自動車の堤工場で、生産順序の最適化にデジタルアニーラを使うシステムが稼働(トヨタシステムズ・富士通、2022年10月21日)。NECプラットフォームズの工場に、生産計画立案のシステムを導入(NEC、2020年3月)。
交通 運行計画の効率化や、渋滞の緩和に使うことが期待されています。 公式発表で内容を確認できた国内の実証は、この記事の確認範囲では見つかっていません。
エネルギー 窒素固定や人工光合成の原理を、高精度な量子化学計算で解明することが期待されています。 公式発表で内容を確認できた国内の事例は、この記事の確認範囲では見つかっていません。
AI 大規模シミュレーションとAIを組み合わせ、天気予報や災害の早期警報の精度向上などに役立てることが期待されています。 JTのAIモデル学習の概念実証(上の創薬の行)。理研と大阪大学が、「富岳」から量子コンピュータ「叡」を呼び出す連携利用を実証(2024年5月10日)。

公式発表で確認できる今後の予定は、2026年に1,000量子ビット機の構築・公開(富士通・理研の計画)、2030年度に1万物理量子ビット超の超伝導量子コンピュータ(富士通の目標)、2030年を目途に量子技術の利用者を1,000万人(政府の目標)です。いずれも計画・目標であり、達成が確認されたものではありません。各分野で量子コンピュータに何が期待できるかの全体像は、総論記事の「量子コンピュータの実用化でできること」で解説しています。

なお、量子コンピュータとDXを組み合わせた「QX(Quantum Transformation)」という考え方も注目されています。詳しくはQXとはの記事をご覧ください。

超伝導量子チップの概念図。量子ビットを構成する共振器と導波路のイメージ
超伝導量子チップの概念図。量子ビットを構成する共振器と導波路のイメージ

計算エラーと量子誤り訂正:日本の取り組み

量子ビットは、熱や電磁ノイズなど周囲の影響を受けやすく、状態が崩れて(デコヒーレンス)計算に誤りが入ります。ゲート操作そのものにも誤差があります。量子ゲート方式の量子コンピュータは計算中にエラーが起きやすく、正確な計算には大量の量子ビットでエラーを防ぐ必要があります。量子エラーを訂正しながら誤りなく量子計算を実行することを、誤り耐性量子計算(FTQC)と呼びます。

量子ビットの状態は、直接読み出すと壊れてしまいます。そこで、データを保持する量子ビットとは別に補助の量子ビットを使い、「どこかで誤りが起きたか」という情報だけを取り出して、誤りを検出・訂正します。この仕組みを量子誤り訂正と呼びます。

実際の素子としての量子ビットを物理量子ビット、多数の物理量子ビットをまとめて誤り訂正で守った、誤りに強い計算用の量子ビットを論理量子ビットといいます。論理量子ビットを1つ作るのに多くの物理量子ビットが要るため、必要な規模が大きくなることが課題です。

物理量子ビットと論理量子ビット
物理量子ビット
実際の素子です。ノイズで状態が崩れ、誤りが入ります。
補助の量子ビット
データを直接見ずに、「誤りが起きたか」の情報だけを取り出します。
論理量子ビット
多数の物理量子ビットを使い、誤り訂正で守った、誤りに強い量子ビットです。
誤り訂正の考え方(概念図)

日本の取り組みとして、公式発表では次の内容が確認できます。

  • 大阪大学・富士通(2024年8月28日):共同開発中の「STARアーキテクチャ」で、位相回転操作のエラーを1,000分の1に抑える技術と、量子ビットの操作手順を自動生成する技術を開発したと発表しました。試算では、6万量子ビットで、現行のコンピュータで約5年かかる計算を約10時間で実行できるとしています。6万量子ビットは、早ければ2030年頃に実現すると期待される規模で、従来は約100万量子ビットが必要とされていたところの1桁少ない規模です。
  • 富士通(2025年8月1日):NEDOの公募に採択され、2030年度に1万物理量子ビット超の超伝導量子コンピュータの構築を目指すと発表しました。この機体で250論理量子ビットの動作を目指し、STARアーキテクチャで材料物性などの実用計算を狙うとしています(目標)。
  • ムーンショット目標6(内閣府):2050年頃までに誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現し、2030年までに小規模又は部分的な誤り耐性を持つ量子コンピュータを実現するとしています。

世界の動向(Googleのチップ「Willow」が、量子ビットを増やすほど誤りが減る「しきい値以下」を報告したことなど)は、総論記事の「量子コンピュータの現在地と課題」にまとめています。

日本の量子コンピュータに関するよくある質問

Q1. 日本に量子コンピュータはありますか?
あります。理化学研究所・富士通などの国産の超伝導量子コンピュータ(2023年3月に初号機の64量子ビットをクラウド公開、2025年4月に256量子ビットを発表)と、東京大学・理化学研究所に設置されたIBMの量子コンピュータが稼働しています。
Q2. 国産の量子コンピュータは誰が作っていますか?
国産初号機は、理化学研究所・産業技術総合研究所・情報通信研究機構・大阪大学・富士通・NTTの共同研究グループが2023年3月に公開しました。その後は、理化学研究所と富士通が64量子ビット機、256量子ビット機を発表しています。
Q3. 「国産量子チップ」とは何ですか?
国産初号機に使われている超伝導の集積回路を指すことが多く、4量子ビットの基本ユニット16個を2次元に配置した64量子ビットの構成です。理研は今後、100量子ビット、1,000量子ビットなどの節目を目指すとしています。
Q4. 富士通・NTT・東芝は何を作っていますか?
富士通は理研と共同で超伝導の量子ゲート方式の機体(64量子ビット、256量子ビット)を開発し、組合せ最適化向けにデジタルアニーラも提供しています。NTTは、国産初号機を公開した共同研究グループの一員です。東芝は最適化ソリューションのSQBM+と、超伝導量子コンピュータ用の素子(ダブルトランズモンカプラ)を開発しています。
Q5. 日本の量子コンピュータの実用化はいつですか?
汎用の大規模な量子コンピュータの実用化時期は決まっていません。公式発表で確認できる予定は、富士通・理研の2026年の1,000量子ビット機の構築・公開(計画)と、富士通の2030年度の1万物理量子ビット超の構築(目標)です。組合せ最適化の分野では、量子インスパイアード技術や疑似量子アニーリングがすでに業務で使われています。
Q6. 量子コンピュータの銘柄について教えてください
このページは企業の取り組みを公式発表の事実で整理したもので、投資の判断や銘柄の推奨は扱っていません。上場企業の情報は、各社の決算資料や適時開示でご確認ください。
Q7. 自分で日本の量子コンピュータを使えますか?
国産初号機は研究開発を目的とした非商用の利用に限られ、当面は理研との共同研究契約を通じて手続きします。富士通の256量子ビット機は、「Fujitsu Hybrid Quantum Computing Platform」を通じて企業・研究機関に提供する予定と発表されています。個人が試す方法は、総論記事の「Amazon Braket」の節で紹介しています。

まとめ

日本の量子コンピュータを取り巻く状況を、公式発表で確認できた事実で整理すると、次のとおりです(2026年10月30日確認)。

  • 日本には、国産の超伝導量子コンピュータ(2023年3月に初号機の64量子ビットを公開、2025年4月に256量子ビットを発表)と、東京大学・理研に設置されたIBMの機体が稼働している
  • 富士通は超伝導の量子ゲート方式とデジタルアニーラ、東芝はSQBM+と超伝導素子、NECは量子アニーリングと疑似量子アニーリングと、企業ごとに得意な方式が異なる
  • 理研は「富岳」・ibm_kobe・ROQUOなどを組み合わせた量子HPC連携を進めている
  • 国の目標は、2030年を目途に量子技術の利用者を1,000万人にすること。富士通・理研は2026年に1,000量子ビット機の構築・公開を目指している(計画)

量子コンピュータは、完成品としてすぐに登場するのではなく、従来のコンピュータとの組み合わせや量子インスパイアード技術を通じて、段階的に使われていきます。量子コンピュータの仕組みや世界の動向を知りたい方は、量子コンピュータとはをご覧ください。

出典(公式発表。内容の確認日:2026年10月30日)

  1. 理研「量子コンピュータを利用できる「量子計算クラウドサービス」開始」(2023年3月24日)
  2. 理研「国産量子コンピュータ初号機の愛称「叡(えい)」に決定」(2023年10月5日)
  3. 理研・富士通「世界最大級の256量子ビットの超伝導量子コンピュータを開発」(2025年4月22日)
  4. 理研「量子コンピュータIBM Quantum System Twoを神戸で本格稼働」(2025年6月24日)
  5. 理研「量子HPC連携プラットフォーム向け新スーパーコンピュータ「ROQUO」運用開始」(2026年6月19日)
  6. 理研・大阪大学「スーパーコンピュータ「富岳」と量子コンピュータ「叡」の連携利用を実証」(2024年5月10日)
  7. 理研・東芝「ダブルトランズモンカプラで世界トップレベルの2量子ビットゲート性能を達成」(2024年11月22日)
  8. 東芝「ダブルトランズモンカプラを考案」(2022年9月16日)
  9. 東芝デジタルソリューションズ「SQBM+の提供開始について」(2022年3月2日)
  10. 東京大学・IBM「日本初のゲート型商用量子コンピューターを始動」(2021年7月27日)
  11. 東京大学・IBM「127量子ビットのIBM Quantum System One with Eagleプロセッサーの導入を完了」(2023年11月27日)
  12. NEC「多ビット化のための基本ユニット動作に世界で初めて成功」(2022年3月17日)
  13. NEC「疑似量子アニーリングサービスを業界最安値で提供開始」(2022年8月29日)
  14. NEC「NEC Vector Annealing サービス」公式ページ
  15. NEC「スマートファクトリー実現に向けて量子コンピュータの適用技術を導入」(2020年3月17日)
  16. NEC「量子アニーリングの業務活用に向けた共同研究」(2021年3月22日)
  17. 富士通「36量子ビットの世界最速量子シミュレータの開発に成功」(2022年3月30日)
  18. トヨタシステムズ・富士通「デジタルアニーラを活用し稼働を開始」(2022年10月21日)
  19. 富士通「デジタルアニーラ クラウドサービスを提供開始」(2018年5月15日)
  20. 富士通「8,192ビット規模に拡張したデジタルアニーラサービスを提供開始」(2018年12月21日)
  21. 富士通「1万量子ビット超の超伝導量子コンピュータの研究開発を開始」(2025年8月1日)
  22. 大阪大学・富士通「数万量子ビットの量子コンピュータでも、現行コンピュータを超える速度で実用アルゴリズムを実行する方法を確立」(2024年8月28日)
  23. BIPROGY・大日本印刷「量子技術・AIを活用した物流業務効率化の本格的な研究を開始」(2025年3月27日)
  24. D-Wave・JT「量子の概念実証が創薬のLLM学習で古典的手法を上回る」(2025年3月31日)
  25. 内閣府「ムーンショット目標6」
  26. 理研・大阪大学ほか「「純国産」量子コンピュータ、7月28日稼働」(2025年7月28日)
  27. 分子科学研究所「春海」稼働の発表(2026年8月24日)
  28. NTT・OptQC「光量子コンピュータの実用化に向け資本業務提携」(2026年8月3日)
  29. 内閣府「小林内閣府特命担当大臣記者会見要旨」(2022年4月15日)

AIの業務活用をご検討の方へ

クリスタルメソッドは、バーチャルヒューマンをはじめAIの開発・業務導入を支援しています。生成AI・AIエージェントの活用や、自社業務へのAI導入をご検討の際は、お気軽にご相談ください。

AIニュースのまとめをメールで

毎週月曜、海外AIニュースの日次ダイジェストを1週間分まとめてお届けします。無料・いつでも配信を停止できます。

監修

河合 継(クリスタルメソッド株式会社 代表取締役)

AI・ディープラーニングに関する特許16件の発明者。過去、国立がん研究センターとの共同研究や、テレビ番組でのAI解説実績を持つAI研究者として、AIの研究開発を主導している。
運営会社について | 編集方針

Read next

あわせて読みたい

  • AI技術解説のイメージ

    量子コンピュータとは?仕組み・できること・実用化をわかりやすく解説

    量子コンピュータとは、量子力学の「重ね合わせ」と「量子もつれ」を使って計算する新しいタイプのコンピュータです。従来のコンピュータでは現実的な時間で解けない特定の...

  • 量子コンピュータが実現するDXからQXの世界

    DXの次に来る変革として、いま「QX(クオンタム・トランスフォーメーション)」が注目を集めています。QXを理解するには、その中核技術である量子コンピュータへの理...

  • 音声・音楽AIのイメージ

    VOICEVOX 使い方|インストールから音声生成まで【2026】

    VOICEVOXは無料?商用利用・クレジット表記の結論 VOICEVOXは、商用・非商用を問わず無料で使える音声合成ソフトです。ただし「VOICEVOXを利用し...

View more