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日本に量子コンピュータは存在する?開発する企業の事例
量子コンピュータの基本原理や仕組みについては、量子コンピュータの総論記事で詳しく解説しています。本記事では、量子コンピュータ分野における日本の研究開発状況・国家戦略・主要企業の取り組みに絞って深掘りします。2021年7月に日本初の量子コンピュータ実機が国内で稼働して以降、産学官が連携した開発競争は急速に加速しており、その最前線を網羅的にお伝えします。
日本の量子コンピュータ戦略:国家レベルの取り組み
日本政府は量子技術を「経済安全保障の要」と位置づけ、2022年に策定した「量子未来社会ビジョン」のもと、2030年までに量子コンピュータを利用するユーザーを1,000万人規模に拡大するという目標を掲げています。内閣府・文部科学省・経済産業省が連携し、理化学研究所(理研)を中心とした研究拠点の整備と、産業界への技術移転を推進しています。
予算面でも、量子・AI分野への重点投資が続いており、官民合わせて数千億円規模の資金が量子技術に投じられています。こうした国家戦略の後押しを受けて、富士通・東芝・NECといった大手企業だけでなく、スタートアップや大学発ベンチャーも参入を加速させています。
また2023年3月、理化学研究所は国産初の超伝導量子コンピュータ「叡(えい)」を一般公開し、クラウド経由での外部利用を開始しました。これは日本の量子コンピュータ開発における象徴的な一歩であり、国産機の実用化に向けた大きな転換点となっています。
日本企業の量子コンピュータ開発事例
以下では、日本を代表する企業・研究機関の具体的な取り組みを詳しく解説します。
富岳と量子古典ハイブリッドコンピューティング
富士通が理化学研究所と共同開発したスーパーコンピュータ「富岳」は、量子コンピュータそのものではありませんが、量子古典ハイブリッドコンピューティングの基盤として重要な役割を担っています。量子古典ハイブリッドとは、量子コンピュータと従来型コンピュータをそれぞれの得意領域に応じて使い分け、組み合わせることで全体の計算性能を最大化するアプローチです。
現状の量子コンピュータはノイズ(誤り)が多く、単独での大規模計算には限界があります。富岳のような高性能スーパーコンピュータが量子側のエラー訂正や前処理・後処理を担うことで、実用的な計算精度を確保できます。また、量子コンピュータの専門知識がなくても利用できる環境を整えられる点も、ハイブリッド方式の大きなメリットです。理化学研究所はこのハイブリッドコンピューティングを新事業として推進しており、富岳はその中核インフラとして位置づけられています。
富士通の量子コンピュータ戦略
富士通は理化学研究所との共同研究を継続しており、2021年4月に「理研RQC-富士通連携センター」を設立しました。同センターでは世界最速クラスの量子シミュレータ開発を主要テーマとし、富岳のCPU「A64FX」を活用した40量子ビット規模のシミュレータ実現を目指しています。
富士通が採用する方式は量子ゲート方式です。これは応用の幅が広く、将来的な汎用量子コンピュータへの展開が期待される方式で、量子デバイス・ソフトウェア・アプリケーションの全技術領域をカバーする総合的な開発体制を構築しています。2022年4月には富士フイルムと提携し、量子コンピュータアプリケーションの共同研究も開始しました。
また富士通は、量子の原理からヒントを得た「デジタルアニーラ(Fujitsu Quantum-inspired Computing Digital Annealer)」という独自技術も展開しています。これは現行コンピュータで解決が困難な組合せ最適化問題に特化したコンピューティング技術で、カナダの1QBit社やトロント大学とのパートナーシップのもと開発が進められています。
デジタルアニーラはアニーリング方式に分類され、膨大な試行回数を高速でこなすことで最適解を探索します。複雑なプログラミングが不要でありながら演算がスピーディという特徴を持ち、すでに第4世代まで登場しています。物流(荷物ピッキング・配達ルート最適化・勤務スケジュール管理)、金融(ポートフォリオ最適化)、デジタルマーケティングなど幅広い分野で実用化が進んでいます。
東芝の量子インスパイアード技術
東芝は2019年4月に独自の量子コンピュータ理論「シミュレーテッド分岐アルゴリズム(SBアルゴリズム)」を発表しました。このアルゴリズムを基盤に開発された「シミュレーテッド分岐マシン」を中核とする量子インスパイアード最適化ソリューション「SQBM+」が、2022年3月より提供開始されています。
SQBM+には「短時間でより良い解を探索するタイプ」と「高精度な解を導くタイプ」の2種類のアルゴリズムが内包されており、マシンが状況に応じて自動で使い分けます。これにより速度と精度の両立に加え、適用できる問題の幅も拡大されました。処理速度は従来手法であるシミュレーティドアニーリングの約100倍を実現しています。SQBM+は専用ハードウェア不要で、クラウド提供・オンプレミス版・拡張機能オプションなど柔軟な利用形態に対応しています。
ハードウェア面では、東芝が「ダブルトランズモンカプラ」という新型可変結合器を考案しています。量子計算において2つの量子ビットを接続するデバイス(可変結合器)を刷新したもので、従来は周波数の違いから完全なオンオフの切り替えが難しいとされていた課題を解決しました。ダブルトランズモンカプラは、時間24ナノ秒・精度99.99%という高い性能を達成しており、量子ゲート演算の実行精度向上に大きく貢献しています。
NECの量子コンピュータ開発
NECは1990年代から量子コンピュータの研究開発を続けてきた、日本でも屈指の長い歴史を持つ企業です。採用方式はアニーリング方式で、やはり組合せ最適化問題の解決を主な課題としています。シミュレーテッドアニーリングマシンを開発し、高速対応と大規模処理の両立を長年にわたり研究してきました。
2020年には「量子コンピューティング推進室」を設置し、同年2月にはSMBCグループ・日本総研との共同研究で量子アニーリングの実用性を検証しました。また、東京工業大学・早稲田大学・横浜国立大学と連携し、超伝導パラメトロン素子を応用した研究も推進。2022年3月には「最適化ソリューションプラットフォーム」を実現し、多ビット化が容易な方式の基本形として世界初の成果を発表しました。量子ビットの全結合を維持しながら問題規模を拡大できる点が技術的な特徴です。
サービス面では、「NEC Vector Annealingサービス2.0」として疑似量子アニーリングのクラウドサービスを提供しています。従来の類似サービスと比較して高速かつ大規模処理が可能で、最大30倍の解決精度を誇ります。2022年11月からはスタンダードプランとプロフェッショナルプランの2種類を展開し、同年9月にはオンプレミス型のソフトウェアライセンスも利用可能となりました。さらにオプションとして量子コンピュータの基礎から応用までを学べる教育サービスも提供されており、専門職でない方にも学習機会が開かれています。
実際の現場への導入実績も顕著で、2020年3月から製造工場への量子コンピューティング技術の適用が始まりました。生産計画の立案や工程最適化をサポートした結果、作業時間の短縮に加え、従来は熟練者でなければ難しかった業務を多くのスタッフが実行できるようになっています。この成果を受けて金融・物流など他業種への横展開も期待されており、人材不足が深刻な業界においても量子技術活用の可能性が広がっています。

国産量子コンピュータの最前線:理化学研究所の挑戦
民間企業の動向に加えて、日本の量子コンピュータ開発において理化学研究所の存在は欠かせません。2023年3月に公開された国産超伝導量子コンピュータ「叡」は、64量子ビットを実装し、クラウド経由で研究機関や企業が利用できる環境が整備されました。
理研は富士通・NECなど産業界と緊密に連携しながら、量子誤り訂正・量子ゲートの高精度化・量子ビット数の拡張という三つの課題に同時並行で取り組んでいます。2030年代の実用的な汎用量子コンピュータ実現を見据え、段階的なロードマップに沿って開発が進んでいます。
日本とIBMの量子コンピュータ連携
海外勢の中で日本との関わりが最も深いのが米IBMです。IBMは「IBM Quantum Computing」として30台以上の量子コンピュータを稼働させており、クラウド上のオープンソースプラットフォーム「IBM Quantum Network」には200以上の組織・45万人以上のユーザーが参加し、実機へのアクセスが提供されています。
日本との関係で特筆すべきは、2021年7月に国内初の量子コンピュータ実機として「IBM Quantum System One」が川崎市に設置されたことです。同機には「Falcon」プロセッサが搭載されており、後に2021年日経優秀製品・サービス賞(日経産業新聞賞)を受賞しました。このシステムは慶應義塾大学を中心とした産学コンソーシアムが運営し、国内の量子コンピュータ研究の拠点となっています。
IBMの量子プロセッサは鳥の名前が付けられているのが特徴です。開発の系譜を整理すると以下のとおりです。
| プロセッサ名 | 量子ビット数 | 発表年 | 主なトピック |
|---|---|---|---|
| Falcon | 27量子ビット | 2019年 | 日本初設置(IBM Quantum System One) |
| Eagle | 127量子ビット | 2021年 | 100量子ビット超を初めて達成 |
| Osprey | 433量子ビット | 2022年 | System Twoに搭載予定と発表 |
| Condor | 1,000量子ビット超 | 2023年 | 大規模量子回路への対応を目指す |
| (計画) | 4,000量子ビット超 | 2025年目標 | 実用的な量子アドバンテージを目指す |
IBMのロードマップは日本の産学界にも大きな影響を与えており、国産機開発と並行してIBMプラットフォームを活用した研究・実証実験が活発に行われています。
日本の量子コンピュータ活用分野と今後の展望
現時点では量子コンピュータは「一部機能の活用」や「量子インスパイアード技術との組み合わせ」が主流ですが、実用化の範囲は着実に広がっています。日本国内での主な活用・研究分野は以下のとおりです。
- 物流・製造:配送ルート最適化、生産計画立案、工場工程管理
- 金融:ポートフォリオ最適化、リスク計算、不正検知
- 創薬・材料科学:分子シミュレーション、新材料探索
- エネルギー:電力グリッド最適化、再生可能エネルギーの需給調整
- 暗号・セキュリティ:量子暗号通信、耐量子暗号の研究
特に製造業での導入事例(NECの工場向けサービスなど)は、熟練者でなくとも計画立案ができるようになるという実績を残しており、人材不足対策としての量子技術活用という新たな視点も生まれています。
なお、量子コンピュータとDXを組み合わせた「QX(Quantum Transformation)」という概念についても近年注目が高まっています。詳しくはQXとはの記事をご覧ください。

まとめ
日本の量子コンピュータを取り巻く状況を整理すると、次のポイントが浮かび上がります。
- 2021年の国内初実機稼働・2023年の国産機公開を経て、日本の量子コンピュータ開発は実用化フェーズへ移行しつつある
- 富士通・東芝・NECはそれぞれ独自のアプローチ(量子ゲート方式・SBアルゴリズム・アニーリング方式)で開発を推進し、すでに産業現場への導入実績もある
- 理化学研究所を核とした産学官連携が日本の量子戦略の根幹を成している
- IBMとの国際連携も並行して進み、国産・海外機の両輪で研究・実用化が加速している
- 物流・金融・製造・創薬など幅広い分野での活用が始まっており、2030年に向けてさらなる拡大が見込まれる
量子コンピュータは「完成品」として登場するのではなく、現行技術との組み合わせ(ハイブリッド)や量子インスパイアード技術の活用を通じて、段階的に社会実装が進んでいきます。日本はその最前線に立つ国の一つとして、国家戦略・企業投資・学術研究の三位一体で開発競争に挑んでいます。
監修
河合 継(クリスタルメソッド株式会社 代表取締役)
AI・ディープラーニングに関する特許16件の発明者。過去、国立がん研究センターとの共同研究や、テレビ番組でのAI解説実績を持つAI研究者として、AIの研究開発を主導している。
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