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認知症の前兆をAIで見守る|MBI解析【2026】

「最近、お父さんがちょっと別人みたいで……」── 介護の現場で、物忘れの話より先に出てくるご家族の声です。物忘れがはっきりする前に、まず変わるのは「人柄」のほうかもしれない── そんな視点から、AI会社の私たちが、対話型AIにできることを考えてみたいと思います。

3秒でわかる要点

MBI(軽度行動障害)は、認知症が現れる手前で、それまで安定していた人の「意欲」「感情」「衝動」「社会性」「思考内容」の5つの領域に、6か月以上続く変化が出てくる状態を指します。物忘れより先に「人柄が変わる」サインで、ご家族がいち早く気づく領域です。AIは、日々の会話・声色・行動パターンの変化を統計的に拾うことで、この「言葉にしにくい違和感」を見える化する研究が進みつつあります。ただしAIは判定ではなく「気づきのきっかけ」にとどめるのが、現時点の安全な使い方だと私たちは考えています。

「物忘れ」より前に現れる、もうひとつの前ぶれ──MBIとは

認知症の「前ぶれ」と聞くと、多くの方はMCI(軽度認知障害)── つまり、加齢相応の物忘れよりも少し進んだ記憶の衰え── を思い浮かべるかもしれません。

けれど、医学の世界ではいま、もうひとつの前ぶれが注目を集めています。それがMBI(軽度行動障害/Mild Behavioral Impairment)です。2016年に国際アルツハイマー病研究治療推進学会(ISTAART)のワーキンググループが整理したもので、ごく大づかみに言うとこんな概念です。

50歳以上で、認知症の診断はついていない方が、それまで安定していた「行動・気持ちのあり方」に、6か月以上続く明らかな変化を示している状態。

ずっと穏やかだったお父さまが、急に短気になった。社交的だったお母さまが、外出を一切したがらなくなった。家計をきっちり管理してきた方が、通販で買い物を繰り返すようになった。こうした変化が単発の出来事ではなく、半年以上続いているなら、MBIの可能性があると考えるのが最近の見方です。

そして重要なのは、MBIはMCIとは独立して現れることがあるということです。物忘れがほとんど目立たないのに、人柄だけがゆっくり変わっていく方もいらっしゃる。

これは、ご家族にとって本当に困惑する事態です。「だらしなくなった」「わがままになった」と本人を責めたくなる場面が、実は脳の中で静かに起きている変化のサインだった── そういう可能性が、医学的に少しずつ認められつつあります。MBIという概念が素敵なのは、「人柄が変わってしまった」という家族の悲しみを、「それは病気のサインかもしれない、責めないでください」と医学的に言い換えてくれるところだと、私たちは感じています。

国内でも認知症の方は700万人規模に達するとされ、早期の気づきと寄り添いの仕組みづくりは社会的な課題になっています(厚生労働省 認知症施策)。「物忘れ」だけを物差しにする時代から、行動や気持ちの変化までを丁寧に拾う時代へ── そんな潮目の変化のなかに、MBIという考え方は位置づけられます。

MBIの5つの領域──「ちょっと違う」を分解する

MBIは、5つの領域(ドメイン)に整理されています。これを知っておくと、ご家族の「なんとなく違う」を、もう少し具体的に言語化できるようになります。

領域現れ方の例
① 意欲(アパシー)やる気が出ない、何にも興味を持たなくなる、趣味をやめる、身だしなみを気にしなくなる
② 感情のコントロール気分の落ち込み、不安、急に怒りっぽくなる、涙もろくなる
③ 衝動制御衝動買い・ギャンブル・過食、急にカッとなって物を投げる、運転が荒くなる
④ 社会的な振る舞い場をわきまえない発言、人との距離感の乱れ、思ったことをそのまま口にする
⑤ 知覚・思考の内容被害的な思い込み、奇妙な確信、ときに幻覚や妄想(盗まれた、見られている等)

これら5領域のうち、半年以上持続する変化が見られるかどうかを評価するMBI-C(MBI Checklist)という質問票も整備されつつあり、日本語版も研究が進んでいます。

なぜこの5つに分けるかというと、認知症のタイプによって、出やすい領域が違うからです。たとえば前頭側頭型の認知症では「社会的な振る舞い」や「衝動制御」が早くから目立ちますし、レビー小体型では「知覚・思考の内容」── 幻視や妄想── が早期に出ることが知られています。

「物忘れ」というひとつの軸だけでは見落とされてしまう変化を、5領域で丁寧に拾う。それがMBIという考え方の出発点です。

AIがMBIをどう拾うか──デジタルフェノタイピングという発想

ここから、AIの話に入ります。

人柄の変化は、ご家族でも言葉にするのが難しい領域です。「なんとなく怒りっぽくなった気がする」「最近、笑顔が減った」── そういう感覚を、客観的なデータに翻訳できないか、というのがAI研究の挑戦のひとつです。

専門用語ではデジタルフェノタイピング(Digital Phenotyping)と呼びますが、要するに、日常生活の中で自然に発生するデータから、その人の「行動や気持ちのありよう」を推定する試みです。「人柄」を医療現場の質問紙だけに頼らず、暮らしの中の小さな信号の積み重ねから見える化しよう、という発想と言い換えてもいいかもしれません。

対話AI・音声解析が拾える信号

  • 語彙の多様性の変化 ── いつもより使う言葉の種類が減っていないか(語彙の単調化はアパシーや認知機能の手がかりになりうる)
  • 発話の遅延・間の長さ ── 言葉を探している沈黙が増えていないか
  • 声色の起伏 ── 抑揚が平坦になっていないか(意欲の低下のサイン)
  • 感情極性の偏り ── ネガティブな感情語の割合が増えていないか
  • 同じ話題への執着 ── 偏った思考の手がかりになりうる
  • 応答の衝動性 ── 急に攻撃的な言葉が出る頻度や、文脈に合わない発話の出現

ウェアラブル・スマートホームが拾える信号

  • 睡眠リズムの乱れ ── 概日リズムの乱れは神経変性の早期サインになりうる
  • 外出頻度・社会的接触の減少 ── アパシーの行動指標
  • 歩行速度・歩数の変化 ── 運動機能と認知機能には相関が知られている
  • スマホ操作パターン ── タップの速さ、誤入力率、特定アプリの利用偏重

これらを統合した機械学習モデルで、MBI傾向のスコアを推定する研究は、海外を中心にいくつか発表されています。日本でも、対話AI・感情認識AIの技術を組み合わせた検証が始まっています。

ここで強調しておきたいこと── これは「診断」ではありません。AIが拾えるのはあくまで「いつもと違うパターン」の検出までで、それを医学的にMBIや認知症と判定するのは医師の臨床判断の領域です。AIの役割は、ご家族や医師が気づくきっかけを早めること、ただそれだけです。

AIに任せられること/人間が拾うべき「言葉にならない違和感」

AIに任せられること、任せてはいけないことを、もう少しはっきり整理させてください。

AIに任せられそうなこと

  • 日々の会話・声色・行動パターンの統計的な変化を、客観的に記録すること
  • 「いつもと違う」を時系列で可視化し、ご家族や医師の判断材料にすること
  • 24時間365日、疲れずに見守ること
  • 変化のサインが一定の閾値を超えたとき、ご家族にやさしく通知すること

AIに任せてはいけないこと

  • MBIや認知症の「診断」を下すこと
  • 「お父さま、最近変ですね」とご本人に直接告げること
  • ご家族の違和感を「AIのスコアが正常範囲だから大丈夫です」と打ち消すこと
  • 本人やご家族の同意なしに、データを医療機関以外と共有すること

特に大事だと思っているのは、3つ目です。

ご家族の「なんとなくおかしい」という直感は、どんなAIのスコアより信頼できる入り口です。

AIはご家族の感覚を補強する道具であって、置き換える道具ではない。これは、私たちがAI会社として何度でも自分に言い聞かせていることです。日々一緒に暮らしているご家族にしか拾えない、声のトーンの微妙な変化、目線の合わなさ、間の取り方の違和感── そういう「言葉にならない違和感」こそが、認知症の前ぶれを最初に捉えるセンサーなのだと、私たちは思っています。

AIにできるのは、その違和感に「データという形」を与えること。「やっぱり気のせいじゃなかったんだ」とご家族が確信を持って医療機関を訪ねられるよう、背中をそっと押すこと。それ以上でも以下でもありません。

MBI段階に寄り添うAIアバター、という未来

少しだけ、私たちが描いている未来の話をさせてください。

MBIの段階で、AIアバターと日々お話しする習慣があったらどうでしょう。毎日5分、AIアバターが「今日はどんなことを考えていましたか」「最近、笑った瞬間ってありましたか」とご本人に声をかける。ご本人は気軽に話す。AIは静かに、声の高さや言葉の選び方、話の組み立て方を記録していく。

それが半年、1年と続いたとき、AIは「最近、話される言葉の幅が少し狭くなっています」「感情の起伏が小さくなる傾向があります」というような気づきを、ご家族にそっと知らせる。診断のためではなく、医療機関を訪ねるかどうかを判断するための、ささやかな手がかりとして。

そして何より、その日々の5分の対話は、データ取りのためだけのものではなく、ご本人にとっては「誰かが自分の話を聴いてくれる時間」であってほしいと、私たちは願っています。回想法的な要素を組み込み、ご本人が話したい思い出を一緒に味わう。アパシーが進む前に、対話の機会そのものを生活に埋め込む。

MBIが進んで認知症の診断がついたあとも、同じAIアバターが、引き続き話し相手として残ってくれる。MBI段階から地続きで、ご本人の人生に寄り添う伴走者として── そんなAIの姿を、私たちは構想しています。

対話型AIの技術側に関心を持ってくださった方には、感情認識AIの仕組みや、対話AIで使われている対話技術のページも併せて読んでいただけると、声色や間をどう捉えようとしているかが少し見えてくるかと思います。診断ではなく日々の対話で寄り添うAIの考え方については、『会話が通じない』その寂しさに、AIができることも併せてどうぞ。

よくいただくご質問

Q. MBIはMCIとどう違うのですか?
A. MCI(軽度認知障害)は「記憶や思考の機能」に焦点を当てた前段階概念で、MBI(軽度行動障害)は「行動・気持ち・人格」に焦点を当てた前段階概念です。両方が同時に進む方もいれば、MBIだけが先に出る方もいます。物忘れの目立たない方の「人柄の変化」を見落とさないために、MBIという視点が補完的に役立ちます。
Q. AIがMBIを検出する精度はどのくらいですか?
A. 現時点では研究段階で、確立した臨床ツールとして広く使われるレベルにはまだ至っていません。論文によって対象集団も手法もまちまちで、「○○%の精度」と単純化できる段階ではない、というのが私たちの率直な認識です。AIスコアを参考にしつつ、必ず医療機関の評価とセットで使うのが現実的です。
Q. 家族としてAIに頼る前にできることはありますか?
A. もちろんあります。MBI-C(MBI Checklist)という質問紙が公開されていますので、ご本人を最もよく知るご家族が記入してみるのが、まずできることのひとつです。半年以上続いている変化が複数のドメインで見られるなら、かかりつけ医に相談する強い動機になります。AIはその「相談すべきタイミング」を後押しする補助ツール、という位置づけが現実的です。
Q. プライバシーや本人の同意はどう考えるべきですか?
A. とても大事な論点です。日々の会話や行動データを記録することは、生活そのものを記録することと同じです。(1) ご本人の同意が取れる段階で書面で取得すること、(2) データの保管期間・利用範囲を明文化すること、(3) 開示先がご家族・医療機関に限定されることを契約で確認する── この3点は、導入前に必ず詰めていただきたいポイントです。
Q. 自治体や介護施設で、MBI段階の方をAIで見守る取り組みは現実的ですか?
A. ご家庭よりむしろ、生活データが取りやすい施設や見守りサービスの方が、技術的には実装しやすい面があります。ただし、MBI段階の方は「まだ自分のことは自分で決められる」方が多いのが特徴です。ご本人の主体性を尊重し、「見守られている」ではなく「話し相手がいる」と感じてもらえる設計が、私たちは何より大切だと考えています。

おわりに

MBIという考え方の素敵なところは、繰り返しになりますが── 「人柄が変わってしまった、悲しい」というご家族の感覚を、「それは病気のサインかもしれない、責めないでください」と医学が言い換えてくれることだと、私たちは思っています。

責めずに、気づく。気づいたら、つながる。つながったら、寄り添う。

AIは、その入り口に立つご家族の隣で、ささやかなお手伝いができるかもしれません。日々の対話の中で起きている変化をそっと拾い、「もう少し、お医者さんに相談してみませんか」とご家族に小さなサインを送る。それが、私たちが対話型AIに託したい役割のひとつです。

研究はまだ途上で、完成にはほど遠い段階です。けれど、進むべき方向だけは、間違っていないと信じています。

明日、もう一度、ご本人の話に静かに耳を傾けられますように。
私たちはそのための余白を、これからも丁寧に作り続けていきます。

執筆: 河合 圭(Kei Kawai)/クリスタルメソッド株式会社 代表取締役・AI開発エンジニア

AIアバター「瀧本クリスタル」開発者。対話AI・カスタムLLMの企業導入でフロントランナーとして活動。

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編集責任者: 河合 圭(クリスタルメソッド株式会社)

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