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内部不正対策とは?基本5原則と、退職者の情報持ち出しを防ぐ進め方【2026年】

内部不正 対策の基本と手順——AIを重ねる前に整えるべきこと

目次

結論:内部不正対策は、権限管理と退職手続きから始め、基本5原則で抜けを確かめる

内部不正とは、従業員・元従業員など組織の内部関係者が、付与された権限や在職中に得た知識を使って、秘密情報の持ち出し・第三者への提供・改ざん・削除を行うことである。IPA(情報処理推進機構)の「情報セキュリティ10大脅威 2026(組織編)」では7位に位置し、2016年から11年連続で選出されている(IPA 10大脅威2026解説書)。

対策の要点は次の3点に集約できる。

  • 不正は「動機・機会・正当化」がそろうと起きる。IPAのガイドラインが示す基本5原則(犯行を難しくする・見つかるリスクを高める・見返りを減らす・誘因を減らす・言い訳させない)で、対策の抜けをチェックシートで確認する。
  • 最初に着手するのは、アクセス権の最小化、退職時のID削除、秘密保持の誓約書と就業規則だ。退職者の持ち出しは、退職前から退職日までの手続きで防ぐ。
  • ふだんと異なる操作(大量ダウンロード・夜間アクセスなど)を把握するAIのふるまい監視は、基本対策の上に重ねて初めて機能する。

AIツールを導入する前に土台が整っていなければ、高精度なシステムを入れても効果は限定的である。以降で順序立てて解説する。

なお、AIセキュリティ対策の全体像については AIセキュリティ対策の解説 も参照されたい。

内部不正対策と合わせてAIで備えることは、企業が知るべきリスクと今すぐできる対策で解説しています。

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内部不正とは:手口の流れと分類

IPAは内部不正による情報漏えいを、意図的な不正行為のほか、情報管理規則に背いた持ち出しや不注意による紛失も含めて定義している(IPA 10大脅威2026解説書)。動機として挙げられるのは、職場への私怨、金銭の授受、転職先での優位確保、外部からの勧誘・買収である。

下図は、内部不正が発生するまでの典型的な流れと、各段階で有効な対策フェーズを示している。

動機の発生私怨・金銭・転職権限の悪用正規ID・共用端末情報の持ち出しメール・USB・印刷開示・競合提供不正競争防止法違反①予防職場環境・教育②権限管理最小権限・ID削除③AI検知UEBA・DLP・ログ監視④事後対応証跡保全・処罰
内部不正の攻撃フローと対策フェーズ:動機発生から権限悪用・情報持ち出し・外部開示までの4段階と、各フェーズで有効な対策を示す。AIによる検知(③)は①②の土台が整って初めて有効になる。

手口は次の3類型に整理できる(IPA 10大脅威2026解説書)。

内部不正の手口分類(出典:IPA 10大脅威2026解説書)
類型 具体的な行為 見えにくい理由
アクセス権限の悪用 付与された正当な権限を使って重要情報にアクセス・複製 操作自体は正規ログとして記録される
退職後のアカウント悪用 在職中のIDで外部から社内システムに不正アクセス ID削除が漏れていると発覚まで時間がかかる
物理的・通信的な持ち出し USBメモリー・メール・印刷・スマホカメラ・口頭伝達 日常業務の操作に紛れ込む

口頭伝達のケースが示すとおり、証拠を残さない持ち出しも存在する。IPAは、自組織に持ち込まれた情報が不正に取得されたものと知りつつ使用すると、不正競争防止法違反となり刑事罰の対象になることもあると指摘している(IPA 10大脅威2026解説書)。技術的な対策だけで完全に封じることはできないが、法的なリスクを含む全体像を把握したうえで対策を設計することが重要である。

内部不正はなぜ起きるのか:不正のトライアングル

内部不正の原因は、「悪い人がいるから」だけでは説明できない。米国の組織犯罪研究者ドナルド・R・クレッシーが提唱した「不正のトライアングル」では、次の3つの要素がそろうと不正が起きると考える。経団連タイムス(2020年6月11日)

不正のトライアングルと、対策が効く場所機会動機・プレッシャー正当化権限の最小化・ログの確認・暗号化→ やりにくく、見つかるようにする公正な評価・相談窓口就業規則・誓約書・教育処遇の不満・ノルマ・金銭問題など「正当に評価されていないから」など3つがそろうと不正が起きる。対策で、どれか1つでも崩す。
図:不正のトライアングル(クレッシー)の3要素と、対策が効く場所(経団連タイムス2020年6月11日号の説明をもとに作成)。
不正のトライアングルの3要素と、IPAの基本5原則・対策の対応
要素 内容 対応するIPAの基本5原則 対策の例
機会 不正を可能・容易にする環境(秘密裏に情報へアクセスでき、持ち出し可能な環境など) 犯行を難しくする/捕まるリスクを高める/犯行の見返りを減らす アクセス権の最小化、ログの確認、暗号化、外部記録媒体の制限
動機・プレッシャー 不正に至るきっかけ・原因(処遇への不満、業務ノルマ、金銭問題など) 犯行の誘因を減らす 公正な人事評価、適正な労働環境、相談できる窓口
正当化 自分勝手な理由づけ(「正当に評価されていないから」など) 犯罪の弁明をさせない 就業規則、誓約書、教育による周知

経団連タイムスの記事は、セキュリティ対策は「機会」を減らすことで、トライアングルの成立を阻止する役割を担うと述べている。経団連タイムス 機会を減らす技術だけでは足りず、動機と正当化に働きかける人事・契約・教育を組み合わせる。この対応づけは、IPAの基本5原則の狙いと、3要素の意味を照らし合わせて整理したものだ。基本5原則は、次の節で詳しく扱う。

内部不正はなぜ防ぎにくいのか:IPAの基本5原則

内部不正は、正規の権限を持つ人が、日常業務と変わらない操作で行う。そのため、外部からの攻撃のように入口で止めることができない。次の節で紹介する警察庁の事例でも、印刷・メール送信・携帯電話への入力といった、普段使う操作が持ち出しに使われていた。

IPAの「組織における内部不正防止ガイドライン」は、犯罪学者のCornish & Clarkeが提唱した「状況的犯罪予防」(犯罪の機会や動機を減らして予防する考え方)を内部不正防止に応用し、次の5つを基本原則としている。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版 5つの原則で考えると、技術だけでは足りないことが分かる。

内部不正防止の基本5原則と対策の例
原則 狙い 対策の例
犯行を難しくする(やりにくくする) 対策を強化して、不正をやりにくくする アクセス制御、パスワードポリシー、退職者のIDの削除、未許可のUSBメモリの持ち込み禁止
捕まるリスクを高める(やると見つかる) 管理や監視を強化して、見つかる状態にする アクセスログの監視、共有アカウントの廃止、通報制度の整備
犯行の見返りを減らす(割に合わない) 標的を隠し、利益を得にくくする アクセス権限の設定、データの完全消去、ファイル・通信の暗号化
犯行の誘因を減らす(その気にさせない) 不正をする気持ちにさせない 公正な人事評価、適正な労働環境、円滑なコミュニケーションの推進
犯罪の弁明をさせない(言い訳させない) 自分の行為を正当化する理由をなくす 基本方針・就業規則・業務委託契約、誓約書へのサイン、教育による周知

AIによるふるまい監視は、このうち「捕まるリスクを高める」を強める手段だ。ほかの4つの原則は、権限設計・契約・職場環境といった、AI以外の対策で担う。

実際の事例——警察庁データが示す2025年の実態

警察庁「令和7年における生活経済事犯の検挙状況等について」(2026年)によると、2025年(令和7年)の営業秘密侵害事犯の検挙は38事件で前年より16事件(72.7%)増加した。過去10年の推移を見ると、平成28年から令和6年まで18〜29件の範囲で推移していたが、令和7年は38件と突出している。転職・独立時に営業秘密を持ち出す事犯が多く、雇用の流動化や外国への技術情報流出の懸念から社会的関心は高まっているとされる(警察庁、2026年)。

なお、相談受理件数は令和7年が74件で前年比5件減となったが、警察庁は「高止まり」と評している(同上)。

具体的な検挙事例(いずれも出典:警察庁、同上)は次のとおりである。

  • 2025年10月検挙(兵庫):精密金型製造販売業者の元社員ら3人が、在職中に金型図面を自身のメールアドレスへ送信して領得し、さらに中国所在の法人へ送信・開示。不正競争防止法違反(営業秘密の領得・開示)で検挙。
  • 2025年1月検挙(青森):介護サービス事業者の元社員が、会社のパソコンで介護利用者情報を複合機から印刷して複製を作成し領得。不正競争防止法違反(営業秘密の領得)で検挙。
  • 2025年10月までに検挙(宮崎):ぱちんこ店の元従業員ら3人が、遊技機の設定情報を携帯電話に入力して複製し、知人にメール送信して開示。不正競争防止法違反(営業秘密の領得・開示等)で検挙。

印刷・メール送信・携帯電話への入力と、いずれも日常業務で用いる操作で行われている点が共通している。技術的なハッキングではなく、正規の端末と権限が悪用されるため、未然防止の難度が高い。

転職時の持ち出しは民事訴訟に発展するケースもある。2026年3月に東京地裁が判決を出した民事訴訟では、5G関連の営業秘密を転職先の業務サーバーに保存・開示したとして、東京地裁が元社員に約250万円の支払いを命じた(熊本日日新聞・共同通信配信、2026年3月26日、https://kumanichi.com/articles/1973327)。この元社員は刑事でも不正競争防止法違反で有罪が確定しており、内部不正が刑事・民事の両面の訴訟リスクに直結することを示す事案である。

2025年6月には、ソフトバンクの委託先企業の元社員が情報管理端末にUSBメモリーを接続した様子が監視カメラで確認され、約14万件の顧客情報漏えいの可能性が公表された(IPA 10大脅威2026解説書。ソフトバンク公式発表:https://www.softbank.jp/corp/news/press/sbkk/2025/20250611_01/)。委託先を含む人的管理の範囲についても、発注企業側で確認しておく必要がある。

AIを絡めた情報漏洩リスクの全体像については AIによる情報漏洩とは も参照されたい。

内部不正対策の現状:IPAの調査で見る数字

「うちは大丈夫」と考えがちだが、調査の数字は、対策が追いついていないことを示している。

内部不正対策に関する調査の数値(IPA)営業秘密が漏えいしたと認識する企業(2020年度調査)5.2%営業秘密が漏えいしたと認識する企業(2024年調査)35.5%従業員100人以下で内部不正防止の基本方針を別に定めている企業42〜44%中小企業で秘密情報の格付け表示が実効的に行われている割合22%前後
図:IPAの調査結果。営業秘密管理実態調査は2024年調査(1,200人)、基本方針と格付け表示は2023年度の中小企業等の状況調査(1,248名)。棒の長さは実数に対応。
  • 営業秘密の漏えいの認識:IPAの「企業における営業秘密管理に関する実態調査2024」(2025年1月に実施、1,200人が回答)では、過去5年以内に自社の営業秘密が漏えいしたと認識している割合は35.5%で、2020年度調査の5.2%から約7倍に増えた。IPA@IT
  • 経営層の方針:IPAの2023年度の中小企業等の状況調査(1,248名が回答)では、従業員100人以下の企業で、内部不正防止の基本方針を秘密情報保護の方針とは別に定めている割合は42〜44%にとどまり、半数を下回った。IPA IPAのガイドラインは、内部不正対策が経営者の責任であることを組織の内外に示す「基本方針」を策定し、役職員へ周知することを、最初の対策項目に置いている。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版
  • 格付けの表示:同じ調査で、秘密情報の格付け表示が実効的に行われている中小企業は22%前後で、全体の平均より低かった。IPA

方針と格付けは、費用がほとんどかからない。まず経営者が基本方針を示し、守る情報に区分を付けるところから始めると、その後の権限管理や監視が、何を守るためのものかを定められる。

公表された内部不正事件に学ぶ:原因と対策

警察庁の検挙事例のほかに、委託先の関係者が起こした大規模な事件がある。事件ごとに、会社が公表した原因を見ると、「権限は正規だった」「持ち出しの出口が止まっていなかった」「ログを見ていなかった」の3つが繰り返し出てくる。

公表された内部不正事件の原因と対策
事件 手口 公表された原因 対応する対策
ベネッセ(2014年):業務委託先の元社員 業務上の必要から付与された正規のアクセス権で、顧客データベースの情報を業務用PCに抽出し、私物のスマートフォンを介して持ち出した。元社員が名簿業者3社に売却した件数は約3,504万件で、被害は約2,895万件と推計された。ITmedia(2014年9月10日) 社内規定では外部メディアへの書き出しを禁止し制御システムも入れていたが、システムのバージョンアップ時に、一部のスマートフォンの新機種への書き出し制御に対応しないまま運用していた。大容量データの警告設定の対象から、顧客データベースが漏れていた。アクセスログは自動で記録されていたが、定期的に確認していなかった。 外部記録媒体の制限の有効性を、機器や更新のたびに点検する。警告の対象に、重要なデータベースを漏れなく入れる。ログを定期的に確認する。
NTTマーケティングアクトProCX(2023年公表):元派遣社員 コールセンターシステムの運用保守に従事していた元派遣社員が、システム管理者アカウントを悪用して顧客データのサーバにアクセスし、保守作業端末に外部記録媒体を接続して持ち出した。約900万件で、判明しているクライアントは59社。2クライアント81件ではクレジットカード情報も含まれた。Impress Watch 保守作業端末からデータをダウンロードできる状態だった。保守作業端末に外部記録媒体を接続できた。リスクの大きい振る舞いをタイムリーに検知できなかった。各種ログの定期的なチェックが十分でなかった。2022年4月に、情報流出を疑うクライアントの依頼で調べたが把握できず、2023年7月に警察の捜査を受けて明らかになった。 管理者アカウントの権限を絞り、保守作業端末のダウンロードと外部記録媒体の接続を止める。通常と異なる操作を検知し、ログを定期的に確認する。

2つの事件に共通するのは、持ち出した人が、業務上の正規の権限を持っていたことだ。権限を取り上げる対策だけでは防げない。「出口を止める」「通常と違う操作を見つける」「ログを見る」の組み合わせが要る。後の節で、この3つを順に整理する。

IPAの事例集にみる、原因と対策:退職・委託先・管理者・在宅勤務

IPAのガイドラインは付録に内部不正の事例集を載せ、事例ごとに「主な原因」と関連する対策項目を示している。警察庁の検挙事例と合わせて読むと、防ぐ点が見えてくる。主なものを選んで整理する。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版

IPA内部不正事例集(付録Ⅰ)の主な事例と原因
場面 事例の概要 主な原因
退職時の持ち出し 社員が転職先で使う目的で、退職時に開発物をまとめてダウンロードして持ち出した 持ち出してはいけないという認識がなく、多量のファイルへのアクセスなど通常と異なる事象の確認・対策もなかった
外部サービスへの持ち出し 開発者が「自分が開発したソースは自分のもの」という認識から、開発ソースを外部のオンラインストレージにアップロードして持ち出した 開発物は企業の所有物であるという認識がなく、外部のオンラインストレージ等の使用も制限していなかった
退職時のシステム破壊 リストラで退職する営業社員が、PCのパスワードを無断で変更し、通知しなかった 雇用終了前の一定期間から、PCの管理権限を企業側に置いていなかった
一斉退職 新会社の立上げを考えた複数の社員が、退職時に顧客情報を持ち出した 営業秘密を持ち出して使う行為が不正競争防止法違反にあたるという認識が乏しかった
退職後の持ち出し 元従業員が、リモートアクセス接続サービスを使って企業ネットワークから機密情報を持ち出した 元従業員のアカウントが削除されていなかった
委託先・再委託先 メンテナンスを委託した際に渡した個人情報が、再委託先のアルバイトに複製され換金された 委託先の重要情報の管理体制を明確にしておらず、再委託先まで管理できていなかった
システム管理者 システム管理者が機密情報を繰り返し持ち出して換金し、行為がエスカレートした 管理者の操作を監視する担当者が確認を怠り、権限も一人に集中していた
在宅勤務 在宅勤務の社員が、自宅のPCからインターネット経由で情報システムに接続し、機密情報を取得して換金した 在宅勤務での情報システムへのアクセスを制限しておらず、必要以外の情報にアクセスしていないかも監視していなかった

退職時の事例では、退職の直前に持ち出しが起きていること、アカウントの削除漏れがあることが共通している。次の節で示す退職前から退職日までの確認項目は、これらの原因に対応している。

退職者による情報持ち出しを防ぐ:退職前から退職日までの確認項目

IPAのガイドラインは、雇用の終了や契約の終了の場面に、人的管理の対策を集中させている。退職者の持ち出しを防ぐために、時期ごとに確認する項目は次のとおりだ。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版

退職者の持ち出しを防ぐ流れ1退職の少し前PCを管理下に置き監視を強める2退職面談秘密情報を確認し記録する3誓約書・秘密保持契約対象の情報を特定して締結4退職日返却確認とIDの削除5委託先との契約終了完全消去の確証を取る
図:退職・契約終了に伴う内部不正を防ぐ流れ(IPAガイドライン第5版をもとに整理)。
退職・契約終了に伴う内部不正の防止策(IPAガイドライン第5版の対策項目23・24・26)
時期 やること
退職・契約終了の少し前 雇用終了の間際は情報の持ち出しが起きやすい。雇用終了の一定期間前から、PC等をシステム管理部門の管理下に置き、アクセス範囲の限定、USBメモリの利用制限、モニタリングの強化を行うことが望ましい
退職面談 退職予定者との面談で、在職中に関与した秘密情報を確認し、秘密保持義務の対象に含める。面談の内容は客観的な形で記録する
秘密保持契約・誓約書 秘密保持の対象となる重要情報を客観的に特定する。返還・消去すべき情報を自ら一切保有しないことを確認する条項を入れる。競業避止義務を入れる場合は、職業選択の自由を侵害しない範囲にする
退職時に拒否された場合に備える 退職時の誓約書は拒否される可能性がある。入社時、異動時、重要プロジェクトの配属時・終了時にも秘密保持契約を結び、就業規則に退職後の義務を定めておく
退職日 情報資産と入館証の返却を確認し、情報システムの利用者IDと権限(テレワーク用に付与したものを含む)を、雇用終了直後に速やかに削除する
委託先・請負先との契約終了 契約先のPC等に保存されていた重要情報を完全に消去した旨の確証を、契約先から取る

誓約書の要請は、一度で終わらせない。ガイドラインは、重要情報を保護する義務を意識付けるため、昇格や配置転換、プロジェクトの開始・終了時など、適切な機会に何度も要請することを求めている。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版

AIだけに頼らない基本対策と、整備すべき順序

整備の順序1重要情報の洗い出しと格付け守る対象を決める2権限の最小化とIDの削除手順異動・退職ですぐ削除3就業規則・誓約書と周知監視の目的も伝える4記録媒体の制限とログ取得USB・印刷の履歴を残す5AIによるふるまい監視UEBA・DLPを重ねる
図:内部不正対策の整備の順序。

IPA 10大脅威2026解説書とIPAガイドライン第5版が示す基本対策を、実装の優先順に整理する。

  1. 重要情報の洗い出しと格付け:情報資産の把握と重要度の格付けを行う。対象が明確でなければアクセス権の設計もログの監視範囲も定まらない。
  2. アクセス権の最小化とID削除手順の整備:部門・職位・業務に応じ必要最小限の権限を付与し、異動・離職時に不要IDを直ちに削除する手順を定める。ID共用を禁止し、誰がアクセスしたかを特定できる状態にする。
  3. 就業規則・誓約書・モニタリング目的の周知(労使合意):内部不正者への懲戒処分を規定した就業規則を整備し、必要に応じて秘密保持義務を課す誓約書への署名を取得する。モニタリングの目的と条件を全員に周知したうえで運用する。
  4. ログ取得と記録媒体の制限:USBメモリー・スマートフォン・プリンターの利用制限と利用履歴の管理を導入し、廃棄時には復元不可能なデータ消去を行う。システム操作履歴を記録し、監視していることを従業員に周知することで不正を抑止する効果もある(IPA 10大脅威2026解説書)。
  5. AIによるふるまい監視(UEBA・DLP)の重層化:上記が整った状態でAI等を組み込んだ内部不正モニタリングシステムを重ねる。夜間アクセスや一括ダウンロードといった通常とは異なるふるまいの検知が強化される(IPA ガイドライン第5版)。

なお、IPAガイドライン第5版は、退職時の内部不正を予防するために在職中の不満を緩和する職場環境の改善にも積極的に取り組むことを挙げている。技術的な管理と職場環境の改善は車の両輪であり、どちらか一方への偏重は効果を損なう。

IPAの内部不正チェックシートで、自社の抜けを確かめる

対策を一から考える前に、IPAのガイドライン第5版の付録Ⅱにある「内部不正チェックシート」で、自社の現状を確かめる。IPAは、対策の実施者は、はじめにこのチェックシートで組織の内部不正対策の状況を把握し、各項目でリスク分析を行って対策の重要性を評価できると述べている。結果で不十分な項目が見つかれば、ガイドライン第4章の「対策の指針」と付録Ⅲの「Q&A集」を参考に、具体的な対策を検討する。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版 チェックシートはIPAのWebページでも公開されている。IPA

チェックシートの使い方1現状を把握する実施済み・着手・未実施を選ぶ2重要性を評価する項目ごとにリスクを分析する3不十分な項目を調べる第4章とQ&A集で具体策を検討4関係部門で実施する人事・法務・情報システムなど5定期的に確かめ直す状況の変化に合わせて見直す
図:IPAのチェックシートを使った進め方(IPAガイドライン第5版の使い方をもとに整理)。
  • 状況の選び方:主担当・実施部門は、各項目を「実施済み」「着手」「未実施」から選ぶ。支援する部門は、確認欄にチェックを付ける。
  • 関連部門を巻き込む:項目ごとに、直接部門・情報システム部門・総務部門・人事部門・法務知財部門・社内外の監査のうち、関係する部門が示されている。1つの部門だけでは完結しない。
  • 項目の構成:対策の項目は(1)から(33)まで、基本方針(4-1)、資産管理(4-2)、物理的管理(4-3)、技術・運用管理(4-4)、原因究明と証拠確保(4-5)、人的管理(4-6)、コンプライアンス(4-7)、職場環境(4-8)、事後対策(4-9)、組織の管理(4-10)に分かれている。

この記事の各節は、このチェックシートの項目に対応している。たとえば、格付けは(3)(4)、システム管理者の権限は(6)、外部記録媒体や私物端末は(10)(11)、テレワークは(16)、退職の手続きは(23)(24)(26)、事後の対応は(30)(31)、通報の窓口は(32)にあたる。

情報の格付けと取扱範囲:何を守るかを先に決める

守る対象が決まっていなければ、権限も監視も、どこに力を入れるべきか決められない。IPAのガイドラインは、重要情報を把握して重要度に合わせて格付け区分し、その区分に応じて取り扱える役職員の範囲(職位・職種など)を定めることを求めている。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版

情報の格付けと取扱範囲の例(区分は組織ごとに決める)極秘指名された人だけ部外秘当該部門の人だけ社外秘社内の役職員だけ一般制限なし(公開可)区分したら、ラベルを表示し、区分ごとに取り扱える人の範囲を決める
図:情報の格付けと取扱範囲の例。区分の名前と段階数は一例で、IPAのガイドラインは「3つ以上に区分した場合は、重要度ごとに取り扱いを定める」としている。
  • 区分ごとに取り扱いを定める:3つ以上に区分した場合は、重要度ごとに取り扱いを定め、定期的に見直す。
  • 管理責任者を置く:部門責任者、または部門責任者が割り当てた担当者を、重要情報の管理責任者とする。
  • 作成者が区分を選び、管理者が確認する:重要情報の作成者が区分を選択し、その選択について管理者の確認を得る。
  • ラベルを付ける:電子文書や電子データに、格付け区分が分かるように機密マークなどを表示する。

区分しないと、役職員は保護すべき重要情報が分からず、知らずに漏らすおそれがある。取扱範囲が決まらなければ、必要のない人までアクセスでき、内部不正が見つかりにくくなる。一方、区分せずにすべてを厳重に管理しようとすると、対策のコストがかかりすぎる。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版

IPAのSCS評価制度の要求事項も、機密の特定、機密区分のレベルの判定と表示、区分に応じた取扱方法、取扱いエリアの区分と制限を含む管理ルールを定めることを求めている。IPA 要求事項・評価基準

シャドーIT・私物端末・外部サービス:持ち出しの出口をふさぐ

シャドーITとは、組織が許可していない端末やサービスを、従業員が業務に使うことだ。内部不正では、これが持ち出しの出口になる。IPAの事例集にも、開発者が「自分が開発したソースは自分のもの」という認識から、外部のオンラインストレージに開発ソースをアップロードして持ち出した例がある。原因は、開発物が会社の所有物だという認識がないことと、外部のオンラインストレージの使用を制限していなかったことだった。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版

社内の重要情報の「出口」と、ふさぐ対策社内の重要情報USBメモリ等外部記録媒体の利用を制限対策私物PC・スマホ持込と業務利用を制限対策外部のオンラインストレージ・許可外サービス対策メール・印刷受渡しを暗号化し、記録する対策
図:内部不正で情報が持ち出される出口。
持ち出しの出口ごとの対策(IPAガイドライン第5版)
出口 対策
私物のPC・スマートフォン 業務利用を許可するかを検討する。許可する場合は、使える業務の範囲と順守事項のルールを整え、承諾書を取る。組織のネットワークに接続できるのは、対策をした機器だけにし、接続先も許可した業務システムに限る。重要情報を扱う場所への持込は厳しく制限し、持込禁止の場所にはポスターで警告する
USBメモリ等の外部記録媒体 個人所有の記録媒体の持込を制限し、利用は会社が貸与したものだけにする。外部記録媒体の利用を制限するソフトウェアを導入する。USBの差込口がない、または無効にした端末を使う方法もある
外部のオンラインストレージ・許可していないクラウド等のサービス 許可していない重要情報を外部サービス上で使うことや、アクセス権限の設定の不備が、漏えいのリスクを高める。適切に定めた基準で許可した情報だけを扱い、置くときのアクセス権限の設定を適切にする。受渡しで使う場合は、ダウンロードの期間・回数・相手を最小限に制限する
メール・印刷・受渡し 重要情報の受渡しは、重要度に合わせた手順と承認手続きを定め、受渡しを記録する。インターネットを使う送信や記録媒体での受渡しは、暗号化する

SCS評価制度の要求事項でも、利用を許可していないソフトウェアの削除または無効化、外部記録媒体を使う端末の自動実行の無効化が、基本の水準に入っている。IPA 要求事項・評価基準 先に見たベネッセの事件のように、制限の仕組みを入れても、新しい機種や更新で穴が開くことがある。制限が効いているかを、定期的に点検する。

本人確認と暗号化:多要素認証・生体認証・ファイルの暗号化

内部不正では「正規の本人が操作した」ことは変えられないが、「誰が、いつ操作したか」を確実にすることで、不正のやりにくさと、見つかりやすさが変わる。本人確認と暗号化には、次の役割がある。

本人確認と暗号化の対策(IPAガイドライン第5版)
対策 内容 内部不正への効き方
利用者ID・管理者IDの個別付与 利用者ごと、システム管理者ごとにIDを割り当て、パスワードなどで認証する 共有アカウントをなくし、操作した人を特定できるようにする
多要素認証 リモート保守を行うシステム管理者の認証では、多要素認証の適用を検討する。SCS評価制度の要求事項では、知識情報(ID・パスワード)、所有情報(ワンタイムパスワード・証明書)、生体情報(指紋・顔・虹彩・静脈)、その他の情報(IPアドレス)から2種類以上を選ぶIPA IDとパスワードの貸し借りや盗用で、他人になりすます不正を防ぐ
生体認証 IPAのQ&Aは、ID・パスワード、ワンタイムパスワード、ICカード、生体情報(顔、指・静脈)を組み合わせる方式を挙げている。会社支給PCにカメラや指紋リーダーがなければ、外付けのデバイスや、会社支給のスマートフォンを組み合わせる。費用対効果と利便性は、会社支給のスマートフォンを組み合わせる方式が最も優れると考えられている 本人以外が操作したことを否認させにくい。「自分ではない」という言い訳を許さない
ファイル・通信の暗号化 インターネット経由の送信や記録媒体での受渡しは暗号化する。持ち出す機器は、認証を設定し、暗号化ソフトの導入が望ましい。廃棄時は、データを暗号化して暗号鍵を消去する論理的消去も使える 持ち出されても読めない状態にして、犯行の見返りを減らす

どの対策も、IPAのガイドラインに沿った内容だ。費用や使い勝手とのバランスで選ぶ。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版生体認証は、導入すれば内部不正が止まるわけではなく、操作の記録(ログ)と組み合わせて初めて、誰が行ったかを示す証拠になる。

暗号化の進め方:通信・ファイル・記録媒体・廃棄の場面ごとの手順

暗号化は、持ち出されても読めない状態にして、犯行の見返りを減らす対策だ。IPAのガイドラインは、場面ごとに求めている。何を・どの場面で暗号化するかを、次の順で決める。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版

暗号化を決める5つの場面1通信メール・VPN・公衆LANを暗号化2受渡し委託先へ暗号化して渡し、記録する3持ち出す機器認証と暗号化ソフトを入れる4ファイルラベルと権限(IRM)を付ける5廃棄完全消去・物理破壊・鍵の消去
図:暗号化を決める場面の順番(IPAガイドライン第5版の対策項目をもとに整理)。
場面ごとの暗号化の手順(IPAガイドライン第5版)
場面 手順
1. 通信:メール・インターネット経由の送信 重要情報の送信は暗号化する。組織の外から組織ネットワークに接続するときは、重要情報と通信を暗号化し、VPNなどを使う。公衆の有線・無線LANでは、通信を保護せずに接続しない
2. 受渡し:委託先・関係者へのファイルの受渡し インターネット経由の送信と、記録媒体での受渡しを暗号化する。外部のオンラインストレージは、ダウンロードの期間・回数・相手を最小限にし、保管期限を過ぎたらファイルを自動消去する。受渡しを記録する
3. 持ち出す機器:ノートPC・スマートフォン・USBメモリ 利用者IDとパスワードなどで認証する。ノートPCはBIOSパスワードとHDDパスワードを設定し、暗号化ソフトを導入する。紛失に備え、リモートから重要情報を消去できるツールや、認証に一定回数失敗すると消去するツールも使う
4. ファイル:機密のラベルと権限 電子文書に、秘密などの文字が表示される透かしやスタンプを付け、管理責任者名と有効期間を示す。ファイルに閲覧・編集・印刷の権限を付けて、渡した後も制御するIRM(情報権利管理)を使う方法もある
5. 廃棄:機器・記録媒体の処分 HDDやUSBメモリは、重要情報を復元できないよう完全消去する。CD-RやDVD-Rは破砕機などで物理的に壊す。処分を委託する場合は、秘密保持契約と、廃棄証明書の受領を求める。クラウドでは、データを暗号化して暗号鍵を消去する論理的消去を使う

暗号化は、鍵の管理を誤ると意味がない。鍵を扱える人を限定し、鍵の管理者の操作も、特権IDと同じようにログに記録する。

システム管理者(特権ID)による不正に備える

システム管理者は大きな権限を持つため、一人に権限が集中していると、その人の内部不正を誰も止められない。IPAのガイドラインは、次の対策を示している。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版

  • 権限を分散する:システム管理者を複数人任命して相互に監視できるようにし、一人に権限が集中しないよう権限を分ける。任命する際は、高い規範意識などの適性を満たす者を選ぶ。
  • 作業報告を別の管理者が確認する:作業内容や作業日時を書いた作業報告を作成し、別のシステム管理者が確認する。
  • 特権は必要なときだけ使う:特権を必要とする操作以外では特権を使わず、特権の使用をログに記録する。
  • 管理者のログを管理者以外が確認する:設定変更や運用作業のログ・証跡を記録して保存し、管理者の上司や総括責任者が定期的に確認する。ログは改ざんや不正な消去ができないよう、暗号化などで保護する。

ログに頼る対策には、ログそのものが不完全になる弱点もある。2026年10月には、VMware ESXに、管理者が「ある種の操作」をログに残さずに実行できる脆弱性(CVE-2026-41709)があり、悪用が確認されたとして、CISAが悪用済み既知脆弱性カタログに追加した(CVE-2026-41709の解説)。

特権ID(管理者ID)の管理で確認する項目(SCS評価制度の要求事項)
確認項目 内容
申請・承認 管理者IDの付与・変更・削除を、申請・承認制にする。付与・変更・削除や設定変更の権限は、必要な人に限定する
共有しない 管理者IDを共有しない。やむを得ず共有する場合は、使った人を特定できるようにする
最小限の権限 各管理者IDに、用途に応じた必要最低限の権限だけを付与する。開発環境の管理者権限で、本番環境を操作できないようにする
持ち主の把握 どの人が管理者IDを持っているかを把握する仕組みを整える
不要になったら削除 管理者が退職したとき、または一定期間使われないときは、速やかに削除または無効化する

特権ID管理のツールは、この表の「申請・承認」「共有しない」「使った人を特定する」「記録を残す」を、仕組みで支える。出典はIPAのSCS評価制度の要求事項(4-1-2)。IPA 要求事項・評価基準

テレワーク中の内部不正:目が届きにくい環境の対策

テレワークでは、不審な挙動に周りが気づきにくく、疎外感や不安感から内部不正に陥りやすい心理状態にもなりうる。IPAのガイドライン第5版は、付録Ⅷで、テレワークに関わる対策を一覧にしている。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版

テレワークに関わる内部不正対策(IPAガイドライン第5版 付録Ⅷ)
場面 対策
作業する場所 電車やカフェでは画面を覗き込まれないように注意し、覗き見防止フィルムを使う。不特定の利用者が共有するネットワークへの接続を許可するかを判断する
データの置き場所 テレワーク用PCのローカル保存を制限し、組織内の重要情報へ細かくアクセスを制御する。クラウドサービス方式で、テレワーク用PCから社内ネットワークへの接続をなくす方法もある。方式によっては、端末の暗号化やリモートワイプで強化する
外部サービス 許可した情報だけを、定めた基準で外部サービスに置く。テレワークの遵守事項を決める
海外からのテレワーク インシデント発生時に自社から対応しにくいことなどから、特別な情報漏えい対策を検討する
ログ・証跡 VPN装置やVDI機器へのアクセス履歴、外部サービスのログインと操作履歴、テレワーク端末の操作・イベント履歴を取得する
人への配慮 疎外感や不公平感を持ちやすい点を踏まえ、公平に処遇し、気軽に使えるコミュニケーションの手段と面談を用意する。単独作業を制限する

ガイドラインは、組織内外に分散した重要情報を、アクセス権限を細かく設定して保護することが望ましいとしており、端末のクライアント証明書認証や利用者の多要素認証、EDRやゼロトラストの考え方の適用にも触れている。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版 退職者のテレワーク用に付与したIDと権限も、前の節で示した退職日の手続きで削除する。

不正の動機を減らす:人事評価と職場環境

内部不正は、技術や規則だけでなく、不満やストレスからも起きる。IPAのガイドラインは、動機を減らす対策として、人事評価と職場環境の整備を挙げている。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版

  • 公平な人事評価:評価や昇進・給与体系を公平かつ客観的に行い、十分な透明性を保つ。上司や部門長が評価の内容を説明することが望ましい。公平性や客観性を感じられないと、不平・不満が職場環境の低下を招き、内部不正を誘発する可能性がある。
  • 配置転換の検討:特定の人が特定の業務を長期間担当し続けると、その人だけが情報を扱う状態になり、不正に利用される可能性が高まる。長期間の担当には配置転換を検討する。
  • 業務量と労働時間の適正化:休暇が取れない、長時間残業が続くといった極端に業務負荷が高い状態は、負荷を減らすための不正につながる可能性がある。業務量と労働時間を適正な範囲にする。
  • 相談しやすい環境:悩みやストレスを職場内で相談できる環境を整える。直属の上司に関わる内容は、職場外の相談窓口から上位の上司へ伝わる仕組みも考える。
  • テレワーク中の職員への配慮:テレワークの職員は疎外感や不安感を抱えやすく、不審な挙動も見つかりにくい。定期的な面談や、気軽に使えるコミュニケーションの手段を用意する。
  • 単独作業の制限:相互監視ができない環境での単独作業を制限する。

内部不正対策に使うツールの種類と役割

ツールは、基本対策を運用で支える手段だ。製品名ではなく、種類と役割で整理する。選ぶ前に、どの原則(やりにくくする・見つかるようにする)を強めたいのかを決める。

内部不正対策ツールの種類と役割
種類 役割 関わる原則
ID・特権ID管理 利用者を識別して認証し、管理者の権限を分けて、誰がいつ使ったかを記録する 犯行を難しくする、見つかるようにする
ログ管理 情報システムの操作履歴を記録・保存し、管理者以外が確認できるようにする 見つかるようにする
DLP(情報漏えい対策) 内容や持ち出し先に基づいて、データの移動を制御する 犯行を難しくする
UEBA(ふるまい分析) ユーザーごとの通常の行動パターンを学習し、そこから外れた動きを通知する 見つかるようにする
暗号化・権限の後付け制御 ファイルや通信を暗号化し、持ち出されても使えないようにする 見返りを減らす
IT資産管理 情報機器と記録媒体を台帳で管理し、USBメモリなどの利用を制限する 犯行を難しくする

ツールを選ぶときは、製品の機能表を見る前に、次の点を決めておく。

  1. 守る情報と持ち出しの経路を特定する:重要情報の洗い出しと格付けを終え、USBメモリ、メール、印刷、外部のオンラインストレージのうち、どの経路を止めるのかを決める。
  2. 取得するログの範囲と保存期間を決める:管理者の作業記録も含め、改ざんや不正な消去ができない形で保存できるかを確かめる。
  3. 誤検知への対応の手間を見積もる:異常を検知する方式は誤検知が起きやすく、通知の確認と判断には人の専門的な判断が要る。
  4. 監視の目的を周知し、労使の合意を得る:モニタリングデータを監視の目的以外に使わないことを決め、就業規則などで周知する。

内部不正が見つかったとき:事後対応の進め方

対策をしても、内部不正が起きる可能性は残る。IPAのガイドラインは、防止に加えて、その後の「早期発見」と「拡大防止」も視野に入れている。見つかったときの動きを、事前に決めておく。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版

見つかったときの動き1証拠を保全するいつ・誰が・何をしたか2影響範囲を調べ被害を抑える個人データは報告と通知3関係者と連携する法務・フォレンジック・内部監査4処罰と再発防止を検討事例は処分も含め社内へ5通報窓口を用意しておく複数窓口・匿名性の確保
図:内部不正が見つかったときの事後対応の流れ。
  1. 証拠を保全する:「いつ、誰が、何をしたのか」を示す、検証可能な証拠を保全する。影響範囲を調べる土台になる。テレワーク中の不正では、会社支給のPCや周辺機器、利用していた第三者のサービスが主な調査対象になる。
  2. 影響範囲を調べ、被害を最小にする:被害の最小化策と拡大防止策を実施する。個人データの漏えいがあった場合に、個人情報保護委員会への報告や本人への通知が遅れると、個人情報保護法違反を問われるおそれがあると、ガイドラインは指摘している。
  3. 関係者と連携する:システム管理者、インシデントレスポンスの担当者、デジタル・フォレンジックの解析担当者、弁護士、内部監査者などと連携する。外部のサービスを使う場合に備えて、伝える情報と方法を事前に取り決めておく。
  4. 処罰を検討し、再発を防ぐ:重大な不正には、人事・法務・弁護士で処罰を検討する。一方で、感情的に謝らせようとする、いじめ的な制裁を行うといった処分は避ける。発生した事例は、処分も含めて社内に知らせることが望ましい。
  5. 通報の窓口を用意しておく:不正の兆しに早く気づくため、所属部門以外にも通報できる窓口を複数置き、必要に応じて匿名性を確保する。使い方は教育して周知する。

定期的な確認と内部監査:対策が動いているかを確かめる

対策を入れても、確認しなければ、穴は見つからない。ベネッセの事件で、制限の仕組みが新しい機種に対応していなかったのも、確認の欠落だった。IPAのガイドラインは、内部不正の防止・抑止の観点から具体的な対策項目を抽出し、定期的および不定期に確認(内部監査などを含む)を実施し、結果を総括責任者の確認のもと経営者に報告して、必要に応じて対策を見直すことを求めている。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版

  • 実施状況を確認する:内部不正事例などで関連する事項を参照し、対策の実施状況と整備状況を確認して、経営者に報告する。
  • 取り扱いのばらつきを見る:部門ごとに、同じ情報の管理や取り扱いが異なっていないかを確認する。
  • 事象の記録を見る:内部不正と思われる事象や関連する事件・事故の記録を確認し、発生後に速やかに報告されているか、管理手順に違反した事例とその後の対処はどうだったかを確かめる。
  • テレワークも対象にする:テレワーク時の対策の実施状況も確認する。職場の安全衛生評価と同時に行うと、回答しやすくなる。
  • 見直す:技術の進歩、新しい脅威、新しい法律の施行に合わせて、継続して見直す。

内部不正がもたらす法的な影響:不正競争防止法と個人情報保護法

内部不正は、会社の信用や損害の問題にとどまらず、法律上の責任にもつながる。IPAのガイドラインは、次の2つの法律を挙げている。IPA 内部不正防止ガイドライン 第5版

内部不正に関わる主な法律
法律 関わる場面
不正競争防止法 内部者などが営業秘密を不正に取得・使用・開示すると、差止めや損害賠償請求などの民事上の救済が認められる。違法性の高い侵害行為には刑事罰も適用される。営業秘密として保護されるには、その情報が有用で、公然と知られておらず、秘密として管理されている必要がある(第2条第6項)
個人情報保護法 個人の権利利益を害するおそれのある個人データの漏えいが発生した場合、個人情報保護委員会への報告や本人への通知が遅れると、法律違反を問われるおそれがある

「秘密として管理されている」ことが保護の条件になるため、重要情報の格付けや、アクセス制限、秘密保持契約といった基本対策は、法的な保護を受けるための準備でもある。また、不正に取得された情報と知りながら使用した場合にも、不正競争防止法違反になりうる点は、事例の項で述べたとおりだ。

AIで強化する内部不正対策:段階別の仕組みと役割

AIが働く4つの段階1予防権限を最小にする(AIの役割は小さい)2操作中UEBAがいつもと違う操作を検知3退職の前後合意の上で記録を重点的に確認4事後ログの検索と経緯の再構成
図:内部不正対策でAIが働く4つの段階。

IPAの「組織における内部不正防止ガイドライン 第5版」(2022年4月公開、最終更新2025年5月19日)は、重要情報を格納するシステムにおいて時間・アクセス数量等の条件による制御を望ましいとし、具体例として「夜間に重要情報へアクセスすることを制限」「重要情報を一括してダウンロードすると上司等に通知される」を挙げる。そのうえで「重要情報に対する通常とは異なるふるまいの監視は、AI等を組み込んだ内部不正モニタリングシステムを用いることで強化することができる」と明記している(IPA 内部不正防止ガイドライン第5版 本文PDF)。

AIを活用した検知手法として参照されるのがUEBA(ユーザーとエンティティの行動分析)である。機械学習でユーザーごとの通常の行動パターンを学習し、そこから外れた動きを管理者に通知する。例として、データ要求数が通常の1時間あたり1,000件から10,000件に急増した場合に検知・通知するといった運用が挙げられる(Splunk「UEBA(ユーザーとエンティティの行動分析)」)。分析に使うデータはファイアウォールログ、Webプロキシ、DNSレコード、VPNアクティビティ等である。内部脅威を含む異常検知に使われるが、判断の最終責任は人間の専門家が担う。

また、IPA解説書はDLP(Data Loss Prevention:情報漏えい対策)も検討対象のツールとして挙げている。内容や持ち出し先に基づいてデータの移動を制御する仕組みであるが、AIで機密かどうかを判定する機能を持つ製品もあるが、判定の精度は製品と設定によって異なる。

段階ごとに対策とAIの役割を整理する。

段階別の内部不正対策とAIの役割(出典:IPA 10大脅威2026解説書・ガイドライン第5版・Splunk)
段階 主な対策 AIの役割 備考
予防(権限設計) アクセス権の最小化・ID共用禁止・不要IDの即時削除 限定的。基本対策が中心 IPA 10大脅威2026解説書
操作中の検知 夜間アクセス制限・一括DL通知・UEBA・DLP導入 ベースライン学習と逸脱検知(UEBA) IPA ガイドライン第5版・Splunk
退職前後の監視強化 退職予定者のログ監視強化・労使合意と周知が前提 特定期間のアクティビティを優先的にフラグ IPA 10大脅威2026解説書
事後対応 報告・連絡・相談・処罰・証跡保全 ログの検索・タイムライン再構成の補助 IPA 10大脅威2026解説書

2026年以降の被害事例の一覧については AIハッキングと情報漏洩の被害一覧 も参照されたい。

AIの限界と注意点——過信が招くリスク

AIによるふるまい検知には、運用上の制約と組織倫理上の注意点がある。意思決定の前に把握しておくべき主な限界を示す。

誤検知と運用負荷

異常ベースの検出は未知の脅威を発見できる一方、誤検知率が高いという問題を抱える。アラートの精度確認と対応判断には人間の専門家が必要であり、クラウド環境との統合が難しく検知のギャップが生じることもある。また、プライバシー保護の要求により行動監視が制限される場合もある(Splunk UEBAガイド、前掲)。「導入すれば自動で解決する」という期待は、運用コストの見積もり誤りと担当者の疲弊につながる。

プライバシーと労使関係

IPA内部不正防止ガイドライン第5版は、経営者がモニタリングに傾注するあまり「役職員を原則として信頼せず、行動を疑いの目で密かに見張る」立場に偏ると、プライバシー・人権の侵害に関する役職員の不信感が増し、紛争に発展することも懸念されると指摘する。また、役職員のプライバシー・人権保護の観点では法務部門の協力が必要となる場合があるとされる(IPA ガイドライン第5版、前掲)。

同ガイドラインが示す運用の要件は次のとおりである。

  • モニタリングが内部不正をしていないことの証明に貢献することを示す。
  • モニタリングデータは内部不正監視の目的以外では使用しない。
  • 特定の人物に重点を置く監視も含め、労使の合意と全員への周知の下で運用する。
  • 就業規則等で組織が従業員を保護する目的であることを広く周知し、個人情報保護法等を遵守した管理体制を構築する。

退職予定者の監視強化はガイドライン上は推奨されるが、「特定の人物に重点を置く監視」に該当するため、上記の要件を事前に満たしておく必要がある。

正規操作への限界

警察庁の事例が示すとおり、複合機での印刷・メール送信・携帯電話への入力といった日常の正規操作が持ち出しに使われる。UEBAは量や時間の逸脱を検知するが、権限の範囲内で少量ずつ行われる持ち出しは見逃しやすい。機械的なルールとAIのどちらにも死角がある点を前提として対策設計する必要がある。

ほかの侵入の手口と対策

内部不正は、ほかの手口と組み合わせて使われることが多い。関係する手口の仕組みと対策は、それぞれの解説ページにまとめている。

関係するほかの侵入の手口
手口(詳しい解説へ) どんな攻撃か
サプライチェーン攻撃 委託先・取引先・OSS・クラウドなど、自社の外にあるつながりを経由して侵入する攻撃
VPNの脆弱性を狙う侵入 VPN機器など外部に公開している機器の、修正されていない弱点から入り込む攻撃
フィッシング 本物そっくりのメールやサイトでID・パスワードを入力させて盗む手口
多要素認証の突破 承認通知の連打・中継型の偽サイト・SIMの乗っ取りで、2段階目の確認をすり抜ける手口
ブルートフォース攻撃 パスワードの総当たりや、流出したID・パスワードの使い回しを試してログインする攻撃
ラテラルムーブメント 侵入した後、社内ネットワークを横に移動して管理者の権限や重要なデータへ近づく行為
ビジネスメール詐欺(BEC) 取引先や経営者になりすましたメールで、偽の口座へ送金させる詐欺
DDoS攻撃 多数の機器から大量の通信を送りつけ、サイトやサービスを止める攻撃

手口全体の見取り図と、AIを使った対策の優先順位はAIセキュリティ対策の解説で扱っている。

よくある質問

内部不正とは何か

従業員・元従業員など内部関係者による、秘密情報の持ち出し・第三者への提供・公開・改ざん・削除等の不正行為を指す(IPA 10大脅威2026)。情報管理規則に背いた持ち出しや不注意による紛失も内部不正による情報漏えいに含まれる。

内部不正はどの程度起きているか

警察庁によると、2025年(令和7年)の営業秘密侵害事犯の検挙は38事件で前年より16事件(72.7%)増加した。転職・独立時に営業秘密を持ち出す事犯が多いとされる。IPA 10大脅威2026では組織向け7位で、2016年から11年連続の選出(2026年10月時点)。

AIで内部不正を防げるのか

IPAガイドラインは、夜間アクセスの制限や一括ダウンロードの通知に加え、通常とは異なるふるまいの監視をAI等を組み込んだシステムで強化できるとしている。ただし誤検知があり、判断には人が必要で、権限管理や退職時のID削除などの基本対策が整っていることが前提になる。

退職予定者を監視してよいか

IPA解説書は退職前後の監視強化を推奨する。ただしIPAガイドラインは、特定の人物に重点を置く監視も含め、労使の合意と全員への周知の下で運用し、データを目的外に使わないこと、プライバシー・人権の保護に法務部門の協力が必要になる場合があることを示している。

退職時に最低限やることは

異動・離職で不要になった利用者IDとアクセス権を直ちに削除することがIPA解説書で明示されている。離職者のIDが残っていると、在職中のアカウントで外部から不正アクセスされるおそれがある。必要に応じて秘密保持義務を課す誓約書への署名も推奨されている。


参考文献

AIの業務活用をご検討の方へ

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監修

河合 継(クリスタルメソッド株式会社 代表取締役)

AI・ディープラーニングに関する特許16件の発明者。過去、国立がん研究センターとの共同研究や、テレビ番組でのAI解説実績を持つAI研究者として、AIの研究開発を主導している。
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